コロナ禍、高まる必要性
医療のセーフティーネットといわれ、経済的な理由で医療を受けられない人を対象にした無料低額診療事業。医療の提供だけでなく、その人の生活に潜む諸問題に着目し生活保護などの支援につなぐのも特徴だ。県内は宇都宮市内の3医療機関が取り組んでいる。新型コロナウイルスの影響は就労や収入を直撃。「格差」が拡大する中、同事業の有効性に注目が集まる。
(健康と社会的処方取材班)
複合的課題解決の糸口
宇都宮協立診療所
きっかけは健康診断だった。
宇都宮市、無職男性(69)は数年前、パート社員として勤めていた食品会社から、「結核の疑いがある」と精密検査をするよう求められた。
当時の男性の月収は10万円ほどで、ほとんどが生活費やガソリン代に消える。検査をして新たに病気が見つかった場合、治療費がきちんと支払えるのか。不安が募った。
そんな時、同居する家族から同市宝木町2丁目の宇都宮協立診療所で働く社会福祉士を紹介された。診療所を訪れて面談し、収入や生活状況を説明すると、無料低額診療事業(無低診)が使えるという。診察費のうち、自己負担分が無料となることになった。
結果的には結核ではなかったが、男性は「費用面で心配していたけど、安心して受診できた。多くの医療機関に広がればいいのにと思う」と話す。
同市内に住む女性(82)も、ぜんそくの治療で同診療所の無低診を利用した一人だ。
10年ほど前から、脳出血で倒れた夫を介護する。同居する次男も体調が悪く、思うように働けない。収入は夫の年金と女性のパート代でまかなうが、家賃などに消えて手元にはほとんど残らない。
女性は「医療費だけでもかからないというのは本当に大きいし、ありがたい」と感謝する。
同診療所では、2012年から無低診を始めた。患者から希望があれば、相談員が面談をして適用の可否を判断する。問診時の会話内容などを勘案して、診療所の職員から利用を勧めることもある。
利用者は非正規雇用の患者が多く、疾病は糖尿病が目立つという。相談を受ける同診療所の社会福祉士日下部実(くさかべみのる)さん(47)は「仕事の関係で不規則な生活を続け、体調を悪化させる人もいる。それぞれの生活背景をどう把握するかが重要」と説明する。
社会福祉協議会やフードバンクといった他団体との連携も珍しくない。それぞれの組織の特性を生かして支援につなげている。
日下部さんは「患者の抱える課題は複合的で、一つの事業所では解決できない。無低診は他の制度につなぐ窓口となる」と指摘。「診療所の立場からは、医療をきっかけに何かできないかということを、常に考えている」と強調した。
実施医療機関の拡充急務自治体は積極的広報を
花園大 吉永教授に聞く
京都市職員として生活保護やホームレス支援などに携わり、現在は無料低額診療事業(無低診)を研究する花園大社会福祉学部の吉永純(よしながあつし)教授(64)に、無低診の意義や課題を聞いた。
無低診の意義は二つある。一つは外国人を含む日本に住むすべての人への医療の漏れを防ぐという役割。もう一つは医療を提供するだけでなく、利用者の生活問題を解決するための医療ソーシャルワーカー(MSW)の支援付きの事業であるということだ。
医療費に困っている人の大半は、背景に生活問題を抱えている。とりあえず無料低額で病気を治療した上で、MSWが生活保護などの制度につなげ、生活の立て直しを目指す。無低診は「つなぎ」の制度でもある。
近年は外国人や国民健康保険料が払えず無保険になった人が無低診を利用していると思われる。非正規など低賃金労働者が増え、国は外国人労働者を増加させる政策を取っている。さらに新型コロナウイルスで低所得者層が経済的に大きな打撃を受け無低診の必要性はいよいよ高まっている。
こうした事態を踏まえ、無低診を実施する医療機関は増やすべきだ。医療機関が実施しないのは、仕組みの分かりにくさがある。利用者の医療費を医療機関が負担した上で、税制上の措置が取られるが、直接補填(ほてん)する制度に改定する必要がある。
また、いくら減免されるのかは医療機関に任され、医療機関に行かなければ分からない。自治体による積極的な広報が必要だ。
2015年に生活困窮者自立支援法が施行されたが、医療的なサポートがないことが課題になっている。病気を理由に生活困窮へ陥る人は少なくない。長期的には無低診を生活困窮者自立支援医療として再編することも検討すべきだ。
【プロフィル】よしなが・あつし 福祉社会学。京都大法学部卒、京都府立大大学院博士後期課程修了。近畿無料低額診療事業研究会代表。
利用者の背景に孤立東大など調査
受診控えた経験3割
東京大と京都保健会(京都市)の研究グループが同会3医療機関の無料低額診療事業(無低診)の利用者を分析したところ、約半数が友人や知人と会う頻度が月1回未満で、孤立などの心理社会的な課題を持っている可能性があることが分かった。
研究グループは、同会の3医療機関が無低診を適用した成人患者のうち、同意した80人を対象に追跡調査を行っている。このうち2018年7~12月のデータを分析した。
友人や知人と会う頻度は「なし」が30%と最も多く、次いで「年に数回」が21%で、計51%が月1回未満となった。世帯所得は、47%が生活保護基準額よりも低く、経済的な事情で31%が医療機関の受診を控えた経験があった。
また教育年数は、大学教育程度以上に当たる「13年以上」が21%を占めた。高学歴者でも、病気になったときに医療費が支払えない経済的なリスクを抱えていることが示唆された。
研究グループは「無低診の利用をきっかけに経済的な支援に加え、地域での支え合いにつながるような工夫があることが望ましい」などとしている。