「私たちを、いないことにしないで」 同性婚認めるよう国を訴えた女性カップル 麻智とテレサの明日(下)

麻智とテレサの明日 京に暮らす同性カップル

 誰もが愛する人と結婚できる社会を実現すると誓い合う女性同士のカップルが、京都市内に暮らしている。坂田麻智さん(41)とテレサ・スティーガーさん(37)。国を相手に同性婚を認めるよう求める大阪地裁訴訟の原告だ。2人は、わが身をさらしてでも司法の場に訴え出た。駆り立てたのは、性的マイノリティーであるが故に心労を募らせ自死を選んだ友人と、娘の愛のあり方を受け入れきれずに苦悩する母の姿だった。

■麻智さんにプレゼントを渡した直後、友人は自死を選んだ

 麻智さんとテレサさんが2人で暮らす京都市下京区の町家の荷物部屋に、友人から贈られたダーツボードが眠る。「最近は遊んでない。苦しいときの友人を思い出してしまうから」。麻智さんがつぶやいた。

 「麻智さん、遅くなってごめん。お誕生日おめでとう」。2012年1月30日夜10時ごろ、近くに住む当時25歳の友人が自宅を訪れ、プレゼントのダーツボードを手渡してくれた。友人はしばらく話をして帰途に就いた。6時間後、自ら命を絶った。

 麻智さんと友人は性的マイノリティーが集まるパレードで知り合った。友人は生まれた性は女性だが、性自認は女性でも男性でもない「Xジェンダー」に近かった。親に理解されず、「あんたは何もできない」と言われ、自立して生きる自信を奪われていた。性的マイノリティーの研究をするために入った大学院でも、教員から「なんでそんな研究するの」と心ない言葉を投げられた。自殺未遂を繰り返し、同居する交際相手の女性が夜も寝ずに見守っていた。

 「友人には死の選択肢しかなかったのかもしれない」と麻智さんは声を振り絞る。愛する対象や性自認に悩んでいた友人にとって、社会に居場所がなかった。なぜ私たちが苦しい目に遭わないといけないのか。悲しみ以上に悔しさと社会への怒りがこみ上げた。大切な人の死に、泣くことすらできなかった。

■「同性婚を認めないのは違憲」裁判で思いを訴えた

 麻智さんとテレサさんは昨年2月、同性同士の婚姻を認めないのは違憲だとして、国を相手に大阪地裁へ提訴した。麻智さんは意見陳述で裁判長に訴えた。

 「家族にさえカムアウトできなかったり、職場や学校に理解者がいなかったり。命を絶った友人もいました。もし平等な社会であれば、誰もこのような悩みを抱える必要はありません。もうこれ以上、私たちを『いないこと』にしないでください」

 偏見を恐れて顔や名前を明かして闘えない人、苦悩の末に亡くなった人のために臨む裁判。「誰かに任せきりでは永遠に変わらない。私たちが声を上げ、国の制度を変えるしかない」。2人は心に誓う。

■そして、娘と分かり合えず苦しむ母のため

 麻智さんの母里英子さん(69)は、娘と分かり合えないつらさを抱える。里英子さんが麻智さんからカミングアウトされたのは20年ほど前。「細かい言葉は忘れたけど、私はよくある一時的な憧れと話したかな」

 麻智さんは「病気みたいなもんじゃないの」と言われたことを覚えている。親子の間に横たわる溝。それ以降、麻智さんは里英子さんに恋愛の話をすることはなかった。

 里英子さんは、麻智さんとテレサさんが付き合い始めた当初、テレサさんを「ルームメート」と紹介された。その後里英子さんの住む愛媛県と、京都の2人の自宅をお互いに行き来し、共に過ごす時間を重ねた。里英子さんはテレサさんを娘のようにかわいがり、米国での2人の結婚式にも出席した。

 けれど、2人について「人生のパートナーと頭では分かっているけど、感覚がついていかない」とうめく。子どもの結婚話が友人との会話に出ても、「まだよ」と口にしてしまう。裁判を通じて誰もが同じ権利を持つ社会を実現できれば、母を苦しみから救う一歩になる。麻智さんはそう信じている。

■女性カップルとして、ありのまま京都のまちに溶け込む

 昨年8月にあった麻智さんたちが住む学区の夏祭り。元小学校の校庭に並んだ屋台の一角で、麻智さんとテレサさんがワインやハイボールを忙しく売っていた。ご近所さんがやってきた。汗をふきながら笑顔を見せる2人。地域に溶け込んだ暮らしを築いてきた。

 「最初は理解できなかったけど、受け入れられるもんやね」。2人の行きつけの喫茶店を切り盛りする垣谷紗佳江さん(73)は2人の姿から、同性を愛する人生があることを教えられたという。

 麻智さんとテレサさんは言う。「私たちはえたいの知れない存在じゃない」。どこにでもいる、お互いを大切に思うカップルとして、2人は明日もこの町で生きていく。

 【法律上の同性婚とは】 同性カップルは現在の日本では結婚が認められていないため、お互いに法定相続人になれない。子どもを育てる場合に共同親権を持てなかったり、税制上の配偶者控除を受けられなかったりと多くの不利益を受けている。

 カップルの一方が外国人の場合、異性間の婚姻であれば認められる配偶者ビザを取得できない。就労ビザなどで滞在するしかなく、失業などで日本を離れる不安を常に抱える。

 同性同士の結婚を国が認めないのは、憲法が保障する婚姻の自由を侵害し、法の下の平等にも反するとして、2019年2月に各地の同性カップルが一斉提訴した。

 憲法24条は「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する」と規定。政府はこの条文は同性婚を想定していないとの見解を示している。弁護団は同性婚を禁止した規定ではないと主張している。

 NPO法人「EMA日本」によると、フランスや英国、ドイツなど28カ国・地域で同性婚が認められている。アジアでは19年に初めて台湾で合法化された。

 訴訟の弁護士らは同性婚を実現させるために団体「Marriage For All Japan-結婚の自由をすべての人に」を設立し、ホームページで訴訟の状況などを発信。クラウドファンディングで活動資金も募っている。

大阪地裁での同性婚訴訟に臨む麻智さん(右)とテレサさん=2020年2月7日、大阪市北区
8年前に友人から麻智さんの誕生日プレゼントとして贈られたダーツボード
2人の左手薬指には結婚指輪が光る
京都を訪れた麻智さんの母の里英子さん(左)や、行きつけの喫茶店店主の垣谷さん(左から2人目)らと外食を楽しむ2人=2019年11月17日、京都市下京区
夏祭りに遊びに来た近所の子どもと会話が弾む(2019年8月3日、京都市下京区)

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