『青春の思い出』 竹下チヲヨさん えぷろん平和特集2020 #あちこちのすずさん

 昭和17年、南串山村で尋常高等小学校を卒業後、役場に就職。日中戦争でますます国際情勢が険悪になり、ついに大戦布告。4、5日おきに交付される召集令状を本人に手渡す大事な務めを担った。身を引き締め訪問。「おめでとうございます。お国のためどうぞ武運長久をお祈りします」。深々と頭を下げ、奥さまの切ない顔を見る。思わず手を握り涙ぽろり。振り向きもせず外へ出た。
 出兵の時は、のぼり旗を掲げ、日の丸の小旗を手に村境まで行進。君が代と万歳三唱で見送り、帰りは皆涙。戦没者の弔報も次々。村葬も行われる慌ただしく切ない日々だった。
 昭和20年8月9日、ドカンとまぶしい雷光に慌てて防空壕(ごう)に飛び込む。しばらくして森の陰に駆け登り振り向き、悲鳴を上げうずくまる。(南串山の)国崎半島上空にモクモクと炎の玉、今にも頭に落ちるがごとく。ぼうぜんと見ている間に長崎の空は真っ黒に。地平線がやや白色に染まる。近親者、友達の安否が心配だった。
 翌日、魂の抜けた顔でトボトボと歩いて帰る被爆者。言葉も出ない。明日はわが身かと思ったら敗戦。悲しい半面「やっと」の安堵(あんど)もあった。平和な時代が永遠に続くことひたすら祈る。
(雲仙市・無職・92歳)

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