苦しい戦いに打ち勝って 「コロナ禍と五輪」山下泰裕JOC会長インタビュー

インタビューに答えるJOCの山下泰裕会長

 新型コロナウイルスで延期となった東京五輪は開幕まで1年を切った。開催準備のキーマンや有識者に目指すべき大会像や課題について聞く。日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕(やました・やすひろ)会長は柔道男子で五輪金メダルに輝いた自身の経験を踏まえ、新型コロナウイルスに翻弄(ほんろう)されながら、来夏の東京五輪に向けて努力を続ける選手らの背中を押した。(共同通信=村形勘樹)

 ―大会まで1年を切った。

 先が見えない中で1年後について希望を持って語ることは難しいが、プロスポーツなどが再開され、明るい話題も提供されてきた。少しずつ目の前に見えるものも変わってくる。この苦しく、厳しい戦いに打ち勝って世界中からアスリートが集うと信じている。

 ―コロナ禍で選手は練習にも苦労している。

 1年延期になって競技団体は財政的に疲弊している。JOCも次年度の収入のめどは全く立っていない。だが、五輪の成功のためには開催国の活躍が大事だ。常々考えていることは全員野球。足りないところはいろんな方から力を借りて、多くの国民に夢や明日への光りを感じてもらえる大会にしたい。政府も含めて支援をいただき、選手たちが胸を張って、来年7月23日を迎えられる環境をつくっていく。

山下泰裕JOC会長

 ―大会の簡素化に関しての考えは。

 たくさんの人が長い期間をかけて協力してきた。シンプルであればいいというものではないが、めりはりをつけながら、削れるところはいっぱいある。しかし基本は選手たちが最高のパフォーマンスを発揮すること。そこに支障を来す部分は削るべきではない。

 ―世論調査では来夏の開催に肯定的な声は多くない。

 国民の非常に正直な気持ちが出ていると思う。今は重い雲がどんよりとかかっているような状況で、この結果に対して驚きはない。

 ―開催に不安を抱く選手もいる。

 2、3月の時点では開催すべきではないとの声もあったが、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長と各国・地域の選手代表との意見交換ではそういう声は出ていない。世界の選手たちは安心安全な形で開催されるのであれば、その可能性をどこまでも追求し、最高の舞台を用意してほしいと思っているのは間違いない。

一時的に撤去される五輪マークのモニュメント=8月6日、東京お台場海浜公園

 ―世界が苦境にある中での五輪開催の意義は。

 (最近は)本当に暗いニュースが多かった。いろんなつらい、苦しいことが起きた時に、たかがスポーツかもしれないけれども、人々に希望を与えられる存在になれるという価値は大事にしていかなければならない。

 ―今だからこそ示せるスポーツの力とは。

 人間が人間らしく生きていくためには、体を動かし、汗を流して心身が健康でなければいけない。こういう状況だからこそ、アスリートがメッセージを発信して(社会に)スポーツが関わっていけないか。日本では勝負の結果が注目され、私自身も勝つことがいかに尊いかということは分かっているが、同じくらい(社会貢献に)重みを感じて踏み込んでいきたい。

 ―選手に向けて。

 私のスポーツ人生の中で一番ショックだった出来事は(1980年)モスクワ五輪のボイコット。世の中には自分の力だけではどうしようもないことがあった。できるのは自分の可能性を信じて、最善を尽くすことだけだった。だから己を信じ、仲間を信じて、今自分のなすべきことに集中してもらいたい。私と同じ思いはさせたくない。選手の思いを一番分かっている一人だと思っている。われわれにできることは精いっぱいやる。

モスクワ五輪ボイコットの動きが強まる中で開かれた五輪候補選手、コーチの緊急会議で、参加を訴える柔道の山下泰裕選手(当時)=1980年4月21日、東京・渋谷の岸記念体育会館

   ×   ×

 やました・やすひろ 1984年ロサンゼルス五輪柔道男子無差別級金メダル。85年全日本選手権で9連覇し、203連勝のまま現役引退。2017年に全日本柔道連盟会長、19年にJOC会長に就任。国際オリンピック委員会(IOC)委員も務める。63歳。熊本県出身。

© 一般社団法人共同通信社