「半沢直樹」がウケるワケ 歌舞伎俳優の「やり過ぎOK」 「帝国航空編」も目が離せない

 この夏のドラマで、視聴率、注目度、ともにトップを突っ走るTBS系のドラマ「半沢直樹」。その人気に大きく貢献しているのが、歌舞伎俳優たちである。彼らはとにかく期待を裏切らない。(コラムニスト=ペリー荻野)

 

堺雅人(右)に詰め寄る市川猿之助(TBS提供)

 たとえば、取締役の大和田(香川照之、歌舞伎では市川中車)。7年前の前作では、主人公・半沢直樹(堺雅人)に不正を暴かれ、「倍返し」された揚げ句、屈辱的な土下座もした。歯を食いしばり、真っ赤になった大和田の顔には、描いてないのに隈取りが見えた思いだった。

  その大和田が、第1話で放った一言といえば「施されたら、施し返す。恩返しです!」。この瞬間、このドラマの「つかみ」は成功したといえる。

  その後も、大和田は半沢に会うたびに何か言わないと気が済まないのか、わざわざ「お・し・ま・い・death!」と面白造語まで用意している。どんな取締役なんだよ…もはやギャグだが、視聴者を沸かせ、ファンを増やしているのは確かだ。

  そして、出てくるなり嫌な空気を漂わせた東京中央銀行の証券営業部長・伊佐山(市川猿之助)。「ぜってぇに許せねえ!」と侠客(きょうかく)のような言い回しで、子会社のセントラル証券に出向した半沢への敵意をむき出しにし、半沢らが手がける大口取引の横取りを図って追い詰める。

  伊佐山も汚い手を使ったり、副頭取の三笠(古田新太)に取り入ったりと暗躍しつつ、ここ一番のときには半沢の目の前で「お前の負け~」「詫(わ)びろ、詫びろ(計8回繰り返す)」など、強烈な言葉をぶつける。

  そんな中、前作で注目を集めた証券取引等監視委員会の剛腕の調査官・黒崎(片岡愛之助)が突如、姿を見せ、「お久しぶりね」と例によってオネエ言葉で、セントラル証券の調査を断行。愛之助は歌舞伎仲間も増えたせいか、なんだかとってもうれしそうだった。

  半沢が悪徳大手IT企業からの買収を阻止した新進IT「スパイラル」の社長・瀬名(尾上松也)も入れて、4人の歌舞伎俳優の演技を振り返ってみると、彼らの強みがよくわかる。それは「やり過ぎOK」ということだ。

  そこまで言うかという悪口や高笑い、顔芸や胸を張って威張る動きは、現代ドラマでは浮きまくるところだが、「倍返し」したくなる悪が不可欠なこのドラマにおいては、とても効果的だ。

  「詫びろ」の連呼にしても、言葉を繰り返すのは歌舞伎にはよくあること。先日、「王様のブランチ」に出演した香川と猿之助のいとこコンビによると、このドラマにはリハーサルがなく、アドリブで言い合った場面のいいところを監督が採用しているという。

  また、大和田と伊佐山は、いつもグレーのスーツを着ていたが、歌舞伎の衣装で、ちらりと見える下帯(ふんどし)が白でなく灰色なのは、心が汚れた悪役を現すと聞いたこともある。スーツと下帯をいっしょにするのはどうかと思うが、勧善懲悪のわかりやすさが魅力でもあるこのドラマで、灰色の結託感もいい味を出した。

  猿之助らは、歌舞伎の引き出しの中から、次々アドリブ技を出し、浮きまくることを面白さに替えてしまったのである。

堺雅人(右)の肩に手を掛ける香川照之(TBS提供)

  大和田を裏切り、「土下座野郎!」とまたまた面白ワードを発したものの、半沢に巨額融資に関する決定的なミスを指摘され、「まこ…とに…あい…すい…ま、せんでしたぁぁ~~~」と自ら膝を屈するハメになってしまった伊佐山。そのヒールっぷりはあっぱれだったが、猿之助の敵役の引き出しは、まだいろいろある。

  過去の強烈な敵役といえば、2010年の大河ドラマ「龍馬伝」の最終回で坂本龍馬(福山雅治)を暗殺する今井信郎だ。冷たい目をした今井は、その目のまま、龍馬に襲い掛かる。返り血で顔を真っ赤にする今井。恐ろしかった。

  このドラマには、龍馬に悪態ばかりつく岩崎弥太郎役で香川照之も出て、歯を真っ黒にしたり、体中からホコリをまき散らして歩くなど、やりすぎ伝説を残している。その後、猿之助は15年、「半沢直樹」の池井戸潤原作のドラマ「ようこそ、わが家へ」(フジテレビ)に出演。主人公(相葉雅紀)の一家を恐怖に陥れる「ニット帽の男」として、最後の最後に姿を現した。

  ドラマを面白くするのは、主人公ではなく、常に敵役だ。刑事ドラマはトリックをひねり出す犯人が、医療ドラマはさまざまな事情を抱えた患者が、学園ドラマは、問題を起こす生徒が物語をつくるのである。

  しかし、日本にはいい敵役がいないと言われて久しい。特に私が取材を続ける時代劇は、1980年代まで悪役を専門に演じる俳優も多く、パロディー番組やCMにも出演するほどだったが、キャスティングが大変だと聞く。その現状を思うと、「時代劇的」と言われる「半沢直樹」でこってりとした敵役を堂々と演じる歌舞伎俳優たちが、ますます頼もしく見えてくる。

  7年前の「半沢直樹」で注目された愛之助は、自身のドラマ出演について「自分がドラマに出ることで、歌舞伎に関心を持ってもらえたらうれしい」ということを繰り返し語っている。歌舞伎俳優たちにとっても、ドラマで知名度が上がり、歌舞伎ファン拡大ができれば、倍返しならぬ倍のリターンが期待できるというものだ。

片岡愛之助(TBS提供)

  個人的には、香川照之の歌舞伎名が、市川中車というところにも大いに注目している。先代の中車といえば、映画「忠臣蔵 花の巻・雪の巻」で赤穂浪士の敵・吉良上野介を演じてきたことで知られる。亡くなったのも、三船敏郎が大石内蔵助を演じた「大忠臣蔵」(71年)で吉良を演じていた最中だった。

  吉良もまた、貢ぎ物が少ないとグチグチ文句を言ったり、若い浅野内匠頭を「鮒(ふな)侍」とあざけったり、元祖やりすぎ悪役のような存在だ。香川はこの名前を継いだのである。思えば大和田は、かつて半沢直樹の父を陥れた張本人で、彼との対決は「敵討ち」でもあった。

  銀行に戻った半沢が挑む「帝国航空」再建篇でも大和田と黒崎の動きが気になる。怒鳴ったら怒鳴り返す。歌舞伎俳優たちがやり過ぎてもどんどんやらせる。制作側のその覚悟が、このドラマの本当の強さだ。

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