「売春」を処罰しないフランスで、性労働者が「買春合法化」を訴える理由

「売春」という言葉から、何をイメージするでしょうか。安易に現金を得る方法、犯罪、非衛生的、モラル面でも不健全……。では「性産業」と考えた場合はどうでしょうか。

やはりネガティブなイメージばかりが浮かぶでしょうか。世界中を広く見渡せば、性産業を法で認めている国は少なくないとしても。

「多くの科学的な調査結果が、健康を守りHIV感染を抑える最も有効な手段は(買春の)非犯罪化であると説明してもいます。まずは非犯罪化を実現する。これがセックスワーカーの抱えるあらゆる問題を解決するための、最初の一歩なのです。」

インタビュー「コロナ禍でフランス4万人の性産業従事者はどう影響を受けたのか」で語られた、性労働者協会連合(STRASS)会長シベル・レスペランス氏の言葉です。


フランスでも性産業はタブー?

「買春非犯罪化」とは、売春そのものは合法であっても、売春斡旋行為や購入(買春)を犯罪とする法律を改めること。フランスでは2016年から「買春禁止法」が施行されています。

レスペランス氏のインタビューから、買春非犯罪化が有益であることの大枠が理解できました。しかし、性産業を語ることはフランス社会でもまだ日常的ではなく、私たち市民が性労働者と社会のあり方について考えることはまれです。

「性産業はタブーなのでしょうか?タブーにすることこそがタブーなのでは」。そう自分自身に問うとき、どこかに隠れている職業差別の影を認めないわけにはいきません。この傾向は、買春非犯罪化が実現したニュージーランドとオーストラリアは別として、それ以外の世界各国で共通の問題と想像できます。

フランス世論調査研究所(IFOP)によると、「売春に関するあなたの考えに最も近いものは?」との問いに「1:売春は必要」および「2:売春は必要だが制約の中で行われるべき」の合わせて87%が「必要」と答え、「3:売春は許されない。消滅の努力が必要」は13%のみとなっている

フランス社会では一般的に、性労働者はどう捉えられているのでしょうか? フランスにおける買春非犯罪化の実現に立ちはだかる壁は? 非犯罪化が実現できたとして、そもそも性産業は長く働くことのできる職業なのでしょうか?

これらの疑問を、STRASSに所属するティエリー・シャフォゼ氏にインタビューしました。シャフォゼ氏は2009年STRASS発足の立役者の1人であり、性労働者に関する書籍の著者、社会活動家でもあります。

「売春」の項目で登録して納税

──シャフォゼさんご自身は性労働者ですか?

はい、18歳から性産業に従事していますから、今年で20年になります。社会保障・家族手当保険料徴収連合(URSAFF)にも「売春」の項目で登録して、納税しています。つまり他の職業と同じように、勤続42年の後には年金を受給できます。

──レスペランスさんの話では、フランスの性労働者は「売春」で登録することを避け、別の職業で登録・納税する人が多いようです。理由は、職業に伴うデメリットを回避したいから。シャフォゼさんがあえて「売春」で登録しているのはなぜでしょう?

私は10代の頃から性労働者の権利獲得のためのさまざまな社会活動をしてきました。多くの人が、私が何者であるかを知っています。その私が性労働者であることを隠して、別のフリーランスの職業登録をしているとしたら、それは全く無意味です。

しかし残念ながら、性労働者であることのデメリットは避けられません。個人的な経験としては、職業が原因で住宅ローンを拒否されたことがありました。離婚の際に子供との関係が制限されるなど、あらゆる場面で不利な立場におかれる可能性はあります(筆者注:フランスの親権は離婚後も父母共同で行使されるが、親の経済状況等によって責任・権利の度合いが調整されることがある)。

性労働者がタブー視される理由

──フランスでも他の国々同様に、性労働はタブー視されているというわけですね?たとえ社会に必要な職業だとしても。その理由は何だと思いますか?

キリスト教文化圏、主にヨーロッパでは、売春はマグダレン保護施設をイメージさせます。18世紀以降、「堕落した女」を保護・収容する目的で教会に創設された「マグダレン洗濯所」です、ご存知ありませんか?売春は罪であるばかりでなく、それを行う性労働者は判断力も不十分で、迂闊な人間と考えられがちです。要は子供と同じ。だから守らなければ、堕落した世界から救わねば、となってしまう。

──「マグダレン洗濯所」そのものが悲惨です。そのイメージに直結するとなると、ほとんど目を背けたいような、触れたくない、忘れ去りたい事柄だと想像します。

この誤った認識の一因は、フランス政府がいまだに路上での検挙数からのみ性労働者の数を割り出していることにあります。インターネットのこのご時世、エスコートガールは路上に立ちません。イギリスやスイスの調査結果では、路上で仕事をする性労働者はわずか13〜15%です(2010年)。つまり路上からは性産業の全体像を掴むことはできませんし、それどころか路上という最も不安定な場所で仕事をしている人々は移民や不法労働者、つまり最も弱い立場にある人たちなのです。

路上だけが取り上げられるために、彼ら・彼女らのイメージがフランスの性産業の実態だと誤認されてしまう。もちろん移民や不法労働者、売春を強制させられている人は守られるべきですが、それはそれとして、彼ら・彼女らがフランスの性産業の全体ではありません。逆に、ほんの一部に過ぎないのです。

──レスペランスさんのように、障害者専門の性労働者もいます。

私たち性労働者は子供ではないですし、自分の意思で選んでこの仕事をしています。同時に、性産業は社会にとって必要ではないと考える人も多いですし、いろいろな考え方があります。だからこそタブー視せずに、イメージを一般化することは重要。私個人としては、この職業は社会に優しさや温かみをもたらすことができると考えていますよ。

LGBTや女性の権利と同じ

──歴史的・文化的背景や、現代の移民問題などを俯瞰すると、フランスでの買春非犯罪化が簡単ではないことがわかります。それでも実現できると考えていますか?

フランスで最初に買春非犯罪化が叫ばれた1975年から45年間、実現できずにいますが、声は上げ続けてゆきます。私にとっては、この非犯罪化の動きは60年代のゲイムーブメントと同じです。当時はマイノリティーだった彼らも、今やLGBTとして権利を獲得しました。

──女性の権利も同じですね。

はい、19世紀イギリスのビクトリア時代にフェミニズムが起こり、女性の権利に光が当てられたことが起源です。人種差別、階級差別、同性結婚と同じように、性労働者に関しても、先ほども言ったようにイメージを一般化することからだと思っています。時間はかかりますが、将来必ず非犯罪化は実現されるでしょう。

性労働者として一生働けるのか

──非犯罪化が実現できたとして、そもそも性労働は一生の仕事として続けられる職業なのでしょうか?年齢が高くなるとニーズも減って、長く働けなくなるのでは?

女性は年齢が高くなっても十分ニーズがありますよ、例えば40代の女性は若い男性からとても人気です。50代の女性性労働者もいます。ただ私のような男性の性労働者は、年齢が上がると極端に仕事が減ってしまいます。ゲイのニーズは特殊なのです。現在私の収入は、売春はほんの一部で、翻訳など他の仕事が主になっています。

──つまり二足のわらじ、ということですね。

性労働もフリーランスですから、常に自分のコンピテンスを解析し、自分をどこにどう位置付けるか、最新のツールを使ってどうアプローチすることが効果的かなど、マーケティングやセルフプロデュースが不可欠です。同僚の中には、コロナ禍の外出制限中にウェブカメラを使ってリモートサービスを始めた人もいます。

このように、新しいことにチャレンジして新しいマーケットを開拓することも重要です。私の場合はスタート時に得た、たくさんの仕事から多くを学び、それを今につなげることができました。長く働けるかどうかは、その人次第でしょう。

──フリーランスのライターである私との共通点があまりに多く、驚きます。私も全く同じ問題を抱え、同じ課題に取り組んでいます。

私たちの声に耳を傾けてくれる人は増えています。性労働者のイメージが他の職業と同じように一般化されるまで、今後も発言を続けてゆきます。

Keiko Sumino-Leblanc / 加藤亨延

■ティエリー・シャフォゼ

Thierry Schaffauser 性労働者、社会運動家。

1982年、パリ郊外シュレンヌに生まれる。18歳で性産業に従事すると同時に、エイズ撲滅運動や性労働者の地位獲得などの社会運動に参加する。2009年性労働者協会連合STRASS設立時には、中心人物の一人として尽力。性労働者の国際組織Network of Sex Worke Projects (NSWP)のヨーロッパ代表も務める。2013年から2017年は、ヨーロッパ緑の党パリ市議員でもあった。イギリスのロンドンでも多くの社会運動に参加し、重要な役割を担っている。2020年のコロナ禍ではSTRASSメンバーとして募金を募るなどし、働けなくなってしまったフランスの性労働者を物質的・経済的に救済した。

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