『夢におびえた日々』 池内秀枝さん えぷろん平和特集2020 #あちこちのすずさん

 昭和20年5月、東京で生まれた私には戦争の記憶はない。だが、戦後の東京で食料を得るために日夜ミシンを踏み、わずかな収入を得ていた母を思うと、今もふと悲しみに襲われる。
 私が生まれる前の3月の東京大空襲の時は、私をおなかに抱え、父を支えて逃げ回った。私を産んだ後も産後の肥立ちが悪く、母乳がほとんど出なかったという。栄養と休養さえ取れば治るという肺結核に侵された父は、そのどちらも取れぬまま職場を追われ、戦後は母が一家を支えた。
 虚弱体質の私のことでも、母は心を痛め続けた。散々考えた末、父母は5歳前の私を、諫早の祖父母の元に預けた。いつか寂しさにも慣れ、徐々に体調も回復していった私だが、毎晩見る夢だけは怖く悲しく、夜が来ることを、たびたび私は恐れた。
 山の端で母が手招きしている。声を上げて駆け寄ると、いつの間にか母は反対側の端で笑っている。何度もそんなことを繰り返すうち、私は泣きだして目を覚ます-。
 この夢を知らないまま母は他界した。私を迎えに来た母に、ずいぶん素っ気なく接したことを時折、思い出す。だが、今となってはわびようもない。
(佐世保市・無職・75歳)

© 株式会社長崎新聞社