『忘れられない8月9日』 囲ユキさん えぷろん平和特集2020 #あちこちのすずさん

 当時18歳で飯盛(諫早市)に住んでいました。朝からよく晴れていました。叔母が「今日は田に(害虫の)“めい虫”取りに行くぞ」と言って、2人で頭に甚八笠、腰には木の葉を差して作業。黄色く変色したのを取っていたのです。段々の狭い田の一番上に行ったとき、目がくらむ光、ドーンというすさまじい音、サッと吹く風に笠は外れ、前のめりに手を突きました。
 清水で手足を洗い、家路に急ぎ、近所の人と小高い寺平に行って長崎の方を見ました。空は真っ赤になり、矢上普賢岳の中腹くらいから両方にかけ、赤黒い沈殿物が川のように幅広くたたずんでいて、さらにその上を落下傘みたいな物が3個並んで飛んできます。途中で2個は落ち、先頭の1個が私たちの目の前、東の山の上を通過しました。燃えかすは飛んでくるし、震えました。
 「新型の爆弾らしい」「わが国の戦果もよくないらしい」と聞いてがっかりしました。家に帰り、時計を見たら午後2時でした。
 後で核兵器は核分裂や核融合の際に放出されるエネルギーを利用した兵器と聞き、驚きました。戦後75年、平和が続いています。末永く平和を祈念し、核のないことを願います。(諫早市・無職・93歳)

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