今季初優勝を手にしたチームワークとフェルスタッペンの腕の結晶【F1第5戦70周年GP】

「8月5日は創始者・本田宗一郎さんの命日、その週末にHONDA F1の勝利を上げることができたことは感慨深く、また大変うれしく思っています」

 田辺豊治F1テクニカルディレクターは、マックス・フェルスタッペンが勝利を飾った70周年記念GPの後、公式コメントでこう伝えた。

 1991年8月11日、アイルトン・セナが喪章をつけてハンガロリンクを走り、勝利したとき、ホンダのメンバーたちの目に涙が浮かんでいたことを思い出す。

 水面下でセナ獲得に動いていたウイリアムズとルノーは、セナの喪章を見て交渉を諦めた――“ホンダがF1にいるかぎり、アイルトンはホンダで走り続けるだろう”と後に聴いた。当時、ドライバーが喪章をつけて走るのは異例のことだったのだ。

 そんな思い出をたどると、シーズン5戦目に実現した勝利はいっそう感動的になる。「ホンダにも感謝。すべてにおいて完璧な仕事をしてくれた」というフェルスタッペンの言葉にも、ウェットな気持ちを重ねてしまう。彼がこんなに“チームワーク”を強調したことは、これまであっただろうか。

 シルバーストン連戦の2戦目、日曜日のレースで誰よりも速く走れるマシンを生み出したのは、間違いなくレッドブルとホンダのエンジニアたちの頭脳のチームワークだ。そこにフェルスタッペンというドライバーの腕が加わって、最高にスマートな勝ち方が実現した。

2020年F1第5戦70周年記念GP マックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)

 70周年記念GPでは1ランク柔らかいタイヤの投入が話題になった。イギリスGPの終盤にバルテリ・ボッタス、カルロス・サインツ、ルイス・ハミルトンの左フロントタイヤが壊れたことを考えると、タイヤへの入力が大きなシルバーストンでC2、C3、C4というレンジの中央にあるスペックを使うのは大きな難題だった。

 そしてエンジニアたちの仕事をさらに複雑にしたのは、前戦のトラブルを受けて指定内圧が大きく引き上げられたことだ。サスペンションと一緒に働くタイヤが高い内圧によって固くなるのだから、足回りが最適な仕事を行うためにはスプリングもダンパーもダウンフォースもすべて見直さなくてはならない。

 C2とC3は第4戦で使用したコンパウンドでも、データをそのままスライドすることもできない。そしてC2は2セット、C3は3セットしか用意されない――フリー走行で試すにもセット数が足りない。実走の前に、エンジニアたちの頭脳によって最適値を探り出すことが必要だったのだ。

 内圧を高めたタイヤは、トレッド面がフラットではなく丸みを帯びてしまう。そのため小さくなった接地面に負荷が集中する。ゴムは路面との摩擦だけでなく、内部の構造が高速で揉まれることによっても過熱する。メルセデスのリヤタイヤの真ん中に見られた黒い筋は、内圧が高すぎる場合に発生する典型的なトラブルだった。

 各チームが難題に挑んだ結果、70周年記念GPではイギリスGPよりダウンフォースを削る傾向が生まれた。予選の最高速はメルセデスで13.9km/h、レッドブルで12.7km/hも速くなった。その一方で、コントロールラインの通過スピードはメルセデスで5km/h、レッドブルで3km/h遅くなった。

 ストレートでタイムを稼ぎ、コーナーではタイヤへの入力を抑える考え方だが、セクター3ではタイヤが過熱して性能が落ちる事実も示していた。総体的に見るなら、同じサーキットでの2戦目、最後はC3よりグリップが高いはずのC4を履いたのに、0.7~0.9秒もラップタイムが遅くなった。F1らしからぬ内圧、コースに合わないコンパウンドをなんとか使いこなそうと努めた結果だった。

2020年F1第5戦70周年記念GP マックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)

 レッドブルがスマートだったのは、第4戦のミディアム(C2)のデータに高い内圧を掛け合わせ、第5戦のハード(同じC2)を最大限に生かすセットアップを導き出した点だ。

 ダウンフォースだけではない。予選の区間タイムやスピードを見ると、軟らかい方向でマシンのセットアップを仕上げ、路面から来る負荷をマシン全体で受け止めるバランスを見出したのだと思う。パワーユニットもそれに合わせてプログラムされたはずだ。

 シルバーストンのようなコースで、とりわけ予選においては理想的なマシンではなかった。ドライバーはもどかしかったと思う。それでもC2ハードでQ2を突破したのはフェルスタッペンの腕。

 首尾一貫した考え方を全員が共有し、全員が最高の仕事をしたからこそ実現した、最速のマシンだった。第1スティントの終盤、フェルスタッペンはすでにタイヤ交換を済ませていたメルセデスより1.5秒も速いラップタイムで周回していたのだから、どんな作戦も勝利につなげることが可能だった――理想的なレースは、ファクトリーもホンダの研究所も含めて、全員のチームワークの結晶だ。

 だから“最強の若手”も自らの手柄にしようとはしなかった。

「僕のタイヤはまったく、ホントに全然、問題なかったよ」

 メルセデスのふたりを前に言い切った言葉に、チームへの信頼と誇りが溢れている。

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