Sound Horizon の音楽性、歌詞に流れるテーマを『Elysion 〜楽園幻想物語組曲〜』から探ってみる

『Elysion 〜楽園幻想物語組曲〜』('05)/Sound Horizon

今週はメジャーデビューAround 15周年を記念して、6月からメジャー作品全11タイトルのサブスク配信が始まり、7月から10月にかけて同タイトルが“Sound Horizon Around 15th Anniversary Re:Master Production”シリーズとしてUHQCDで発売中のSound Horizonを取り上げる。“サンホラー”と言われるファンならご存知の通り、ひと口で語れないばかりか、5口、10口あっても解説困難なのがサンホラの音楽性である。実質的なメジャーデビュー作とも言える『Elysion 〜楽園幻想物語組曲〜』をビギナー以下向けというか、中高年にも分かりやすいように語ろうと企てただが、その結末やいかに──。

解釈は聴く人それぞれに

随分前に当コラム担当編集者から「これ、どこかで使えたら…」とSound Horizonの音源は渡されていて、「Sound Horizon? これ、アニメの『進撃の巨人』のテーマ曲の人ですか?」くらいの知識しか持ち合わせていなかったので(それは知識とは言えないが…)長い間、放っておいたのだけれども、事ここに至ってはそういうわけにもいきますまい。知識が乏しいどころか、Sound Horizonのことをほとんど知らないと言っていい筆者ではあるが、開き直ってその『Elysion 〜楽園幻想物語組曲〜』を探ってみたい。なあに、知らないほうが余計なバイアスがかからない分、物事の本質が見えてくるということもある。それに、まずちらりと結論めいたものを先に言ってしまえば、Sound Horizonの作品は本作に限らず、[物語の細部や結末はあえて曖昧にされていることが多い]そうで、明確な答えがないだけに、何をどう書いてもいい…というのは流石に乱暴だが、曲解しないよう注意すれば作品の見方は自由だろう([]はWikipediaからの引用)。主宰するRevoも聴く人それぞれに解釈で構わないといった発言をしているようである。となれば、そのお言葉に甘えさせていただいて、いつも通り、いや、いつもより緩くなる気もするが、以下、作品解説をしていきたいと思う。

…と意気込んでみたものの、なかなか作品をひと掴みにするのは難しいようだ。それは通してザっと聴いてみての率直な感想でもある。そもそも本作は“組曲”と銘打たれており、その字義通りに受け取れば、収録曲が連続して演奏されるように組み合わされている。個々の楽曲の組み合わせ、重なり、連続性が重要であって、あっさり“こんなアルバムです”と語れるものではないように思う(ちなみにSound Horizonのアルバムは“Story CD”と呼ばれている)。何よりも半可通がそれをやるのは結構危ない。そんなわけで、当コラムでは比較的異例なことではあるが、以下、『Elysion 〜楽園幻想物語組曲〜』収録曲を個別に収録順に解説を加えていくことにした。

『Elysion 〜楽園幻想物語組曲〜』 全曲解説

1.「エルの楽園 [→ side:E →]」
レトロなエフェクトの物悲しいバイオリンの音色に《私は…生涯彼女を愛することはないだろう…》というショッキングな独り語りから幕を開ける。そこから、ピアノ+HR/HMなギター+幻想的なコーラスが切れのいいビートに乗って展開。エッジの効いたギターサウンドと可愛らしいヴォーカルとの組み合わせが面白い。最も面白いのはサビメロ。少ない音符をリズミカルに鳴らすことでポップさを出すところは90年代のTKっぽく、懐かしくも新鮮な印象がある。

2.「Ark」
この先、何度か登場する《「彼女こそ…私のエリスなのだろうか…」》のモノローグからスタート。Aメロは混沌とした雰囲気のジャングルビートながら、基本は8ビートのロックチューン。アップテンポでグイグイと迫る。随分で鳴るギターソロも徹底して速弾きだ。メロディーは所謂アニソン系に分類されると思うが、サビでの抑揚ある旋律は最近のJ-ROCKにも通じるところがあるように思う。歌詞の物語性は簡単に読解できないものであるが、《「ねぇ…何故変わってしまったの? あんなにも愛し合っていたのに」》といったフレーズは古今東西のポップスにあるはず。

3.「エルの絵本 【魔女とラフレンツェ】」
ノスタルジックな笛の音のリピートに乗せて《二つの楽園を巡る物語》の序章的ストーリーが語られたのち、バンドサウンドが展開し、再びモノローグと、それが交互に繰り返される。基本は8ビートのロックだが、テンポが変わったり、リズムレスになったり、変拍子もあったりと、展開が複雑で、プログレッシブロックの要素が濃いと言えるかもしれない。歌詞は全体に幻想的だが、《一つ奪えば十が欲しくなり 十を奪えば百が欲しくなる》などは、これもまた普遍性を感じるフレーズである。

4.「Baroque」
これも《「彼女こそ…私のエリスなのだろうか…」》からスタート。雷雨や足音のSEが今まで以上にシアトリカルな印象だ。チェンバロの音色は否応にも中世ヨーロッパの匂い。そこに重なるコーラスが楽曲全体にヒリヒリとした緊張感を与えている。全編モノローグで歌がなく、それゆえにか、ここで語られる物語はわりと掴みやすく思える。《性的倒錯性歪曲》という言葉からするとテーマは今日的なものとの見方もできるだろう。

5.「エルの肖像」
ピアノ、ストリングスに彩られたスローナンバー…と思いきや、ダイナミックなロックナンバーへと展開していく。バンドサウンドが鳴って以降は次々とビートが変化するなど、決してJ-POP的な分かりやすい構成ではないけれども、ポピュラリティーある歌のメロディーラインや印象的なフルートの旋律が、複雑な構成をそう感じさせないようにさせているようでもある。相変わらず、そこにあるストーリーは簡単に理解できるものではないが、《理想》(idea“L”)、《鍵穴》(keyho“L”e)、《楽園》(e“L”ysion)、《少女》(gir“L”)などが、楽曲タイトルにかかっていることだけは分かる。

6.「Yield」
例のモノローグから始まるが、飛び出すバグパイプのような音色(間奏からすると、その正体はたぶんサックスではなかろうか)、ロッカバラード的なミドルテンポのリズムが意外かつ新鮮に聴こえる。歌メロは北欧民謡風でありつつ、日本的な要素も感じられて、Sound Horizon、Revoの音楽的ポテンシャルの深さを再確認することができるナンバーだろう。最初に聴いた時、個人的にはソウル・フラワー・ユニオンの中川 敬の作るメロディーとコード感に近いものを感じた。

7.「エルの天秤」
これも相当面白く聴かせてもらった。出だしはキラキラしたシンセのループで始まるが、歌が入ると──誤解を恐れずに言えば、昭和の歌謡曲のようなメロディーが聴こえてくる。《夢想的(Romantic)な月灯りに そっと唇重ね 息を潜めた…》や《徹底的(Drastic)な追悼劇を 笑う事こそ人生 嗚呼むしろ喜劇…》なんて歌詞も、ある時期の歌謡曲のサンプリングかのようだし、中森明菜のアルバムの中の一曲のカバーと言われたら信じる人がいるかもしれない。ブラスセクションやパーカッションも重なってサウンドは厚くなっていくところも実にいい。スカパラがやっていてもおかしくない…と言っても決して的外れではなかろう。生々しく鳴るフルートも素晴らしい。

8.「Sacrifice」
始まりは例のモノローグ。讃美歌的というかゴスペル的というか…のコーラスが幻想的でありつつもキャッチーに響く。アコギのアルペジオとストリングスとの演奏で進行していく、緩やかで綺麗な歌メロのナンバーだが、《妹(あの娘)なんて死んじゃえば良いのに…》という歌詞にはドキッとさせられる。歌詞に描かれたストーリーはこれも比較的分かりやすく、コンプレックスの話として捉えれば、こちらもベースにあるのは普遍的な感情を綴ったものと言うことができるのではないだろうか。

9.「エルの絵本 【笛吹き男とパレード】」
リズミカルでダンサブルなナンバーで、循環するメロディーラインと、印象的なアコーディオンとバイオリンの音色とが、米国のフォークダンスを彷彿させる。これもまた随所で聴こえてくるフルートが躍動感にあふれていてとてもいい。《来る者は拒まないが、去る者は決して赦さない!》という意味深な歌詞があるが、“こういう集団、どこにでもありそうだな”と思ってしまうのは私だけではないはず。

10.「StarDust」
始まりは例のモノローグ(つまり、タイトルに“エルの”付く楽曲以外は全て同じ台詞から始まっている)。サビ頭のいわゆるアニソン的楽曲で、収録曲中、最も分かりやい楽曲と言えるかもしれない。そうは言っても、モータウンビートを取り入れてポップにしているかと思えば、不協和音気味なノイジーなギターが左右から攻めて来るなど、なかなかひと筋縄ではいかないところは、Sound Horizonの面目躍如であろう。

11.「エルの楽園 [→ side:A →]」
(これを言うと年齢がばれると思うが)ZELDAや遊佐未森を思い出すようなメルヘンチックなメロディーが、可愛らしくスタッカート気味に歌われる。それが一転、落雷の音とともにマイナーへと、まさしく組曲のスタイルを見せる。《"Ark"/箱舟に托された願いたちは…/"Baroque"/歪んだ恋心のままに求め合い…/"Yield"/理想の収穫を待ち望みながらも…/"Sacrifice"/多大な犠牲を盲目のうちに払い続け…/"StarDust"/ついには星屑にも手を伸ばすだろう…》の箇所では、背後にオルゴールの音色でそれぞれの楽曲のメロディーが鳴る。実はかなりユーザーフレンドリー。

Revo の音楽的背景とテーマの普遍性

…と、ザっと楽曲毎に解説してみたが、お気づきと思うが、『Elysion 〜楽園幻想物語組曲〜』に内包されているであろう、物語についてはまったくと言っていいほど触れることができなかった。はっきり言って2、3回聴いたくらいで明確に分かるものではないし、知ったかぶりしてもっともらしいことを書くのも馬鹿っぽいので止めた(「エルの楽園 [→ side:A →]」のあとに隠しトラックが存在するのだが、これも物語的な側面が強いので、触れないこととした)。ご興味がある人ならすでにお調べになっていらしゃるだろうし、もしこれを読んで興味を持ったという方がいるなら、“Elysion 〜楽園幻想物語組曲〜”でググれば、膨大な考察をネットで発見できると思う。また、7月末から動画がアップされている『Sound Horizon 研究所 -サンホララボ-』でも初心者向けに解説されているので、こちらもご参照いただきたい。

当コラムではポップス、ロックの観点から『Elysion 〜楽園幻想物語組曲〜』を分析してみた。無論、ここに書いたのが全てではなく、メロディー、リズム、サウンド、歌詞……あらゆる要素においてまだまだ語るべきところはあると思う。だが、ザっとさらっただけでも分かることは、確かに組曲ではあるものの多いし、複雑な展開も多々あり、プログレ的な要素も随所で見かけるのだが、基本的にはポピュラー音楽の体裁を大きくはずしてないのである。個人的に意外と言うか、興味深く感じたことは、Sound HorizonはJ-POP、J-ROCKと地続きと思えるところだ。自称“幻想楽団”で、音源も“Story CD”としていることから、シーンの流れとは関係ないというか、独立独歩的な制作作業をされているのかと勝手な想像をしていたのが、前述した通り、歌の旋律は概ね親しみやすいし、作者であるRevo の音楽的背景を十分に感じさせるものである。

歌詞は“明確に分かるものではない”とは言ったが、だからと言って、英語を多用しているわけでも、意味すらも通じないフレーズが多いわけでもないところは記しておくべきだろう。また、物語はおそらく架空のものであろうが、そのストーリーの下地や背景にあるものは、現代に通じるテーマや普遍的な摂理と繋がっていると想像ができる。決して絵空事を綴っているのではないことは間違いなかろう。そんな風に歌詞を捉えると、Sound Horizonの楽曲、作品は日本国内のみならず、海外でも高評価を得ていることにも納得である。シェイクスピアの物語が今なおアジアの片隅でも支持されているのにも近いことなのかもしれない…なんて思ったりもした。

TEXT:帆苅智之

アルバム『Elysion 〜楽園幻想物語組曲〜』

2005年発表作品

<収録曲>
1.エルの楽園 [→ side:E →]
2.Ark
3.エルの絵本 【魔女とラフレンツェ】
4.Baroque
5.エルの肖像
6.Yield
7.エルの天秤
8.Sacrifice
9.エルの絵本 【笛吹き男とパレード】
10.StarDust
11.エルの楽園 [→ side:A →]

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