もし、余命半年と宣告されたら? 開き直ったジョニデ演じる教授の“生き方”に学ぶ『グッバイ、リチャード!』

『グッバイ、リチャード!』©2018 RSG Financing and Distribution, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

死の影

新型コロナウイルスに感染しても「ちょっとした風邪で、たまたま運悪く死んでしまったとしても、人は必ず死ぬんだから」とブラジルのボルソナロ大統領が、繰り返しマスコミを前に吹きまくっている。日本でもそれに近い言説が、昨今飛び交っているんだけど、半分正しい。人は必ず死ぬのである。人の致死率は100%。ただ、日本では死亡者数は欧米等に比較すれば確かに少ないが、2020年8月5日現在、全世界で70万人以上が亡くなっているのだから、全然ただの風邪ではない。充分にご注意ください。

半分正しい「人は必ず死ぬ」ところが人生の面白さであり、芸術、科学、哲学、文学、幸福、絶望、その他もろもろの出発点である。そんなわけで、「余命もの」と私が勝手に名付けた映画ジャンルが存在し、私たちはそれを観て、泣いたり笑ったりする。

私もつい最近63歳になり本格的なおじいちゃん時代に突入したが、友人を見送ることが増えてきた。まだ「あいつも逝ったか」で整理がつくほど熟してないので、毎回かなり落ち込む。会って謝るべきところを謝っておきたかった、これまでの失敗も成功も笑いあいたかった。気がつくと、そんなことを頭の中で繰り返し考え続けている。いや、考えるというよりは、ただ悔やんでいる。

自分が死ぬことについては、若い頃よりは随分と慣れてしまい、死が怖いという感情は不思議なほど湧いてこない。現実に余命宣告を受けたら動揺して、あたふたするのかもしれないが、それはその時。

余命半年の大学教授

ジョニー・デップが演じるリチャードは何歳だかわからないが、ジョニー・デップが57歳なので、それくらいとしておこう。いきなり医者から「ガンが全身に転移していて、手の施しようがない、余命半年」と告げられる。怒りが湧いてきたが怒りの正体がわからない。どうしたものかとボーッとして帰宅すると、娘からあることを告げられる。妻と口論になったが、前からぎこちない関係だったので、どうでもいいが、自分の上司と不倫の関係であることを知ることになる。

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人生が動くときには、いろいろ周辺も慌ただしくなるものである。そんな気がする。そうこうするうちに文字通り、あと半年しか生きられない、あと半年生きることができることだけは理解した。

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自分の人生が残り半年であることを、自分の胸にだけ収めておくことは難しい。同僚の親友にだけ告げると、相手が言葉を失い泣き始める始末。でも、そういう人間がいてくれることは率直に言って嬉しい。

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問題は残りわずかの時間ではあるが、大学で一つ受け持っている講義はこなさなければならない。何を話そう。話をして自分との関わり合いを確認できる奴らだけにしたい。単位が取りやすいというだけでやって来る連中には用はない。酒飲んで授業して何が悪い。マリファナ持ってるやつは持ってこい。自分でもどうなるかわからないが、やりたいようにやってみよう。

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開き直ると言っても、どこか頭の隅に自分の死の影を感じてしまう。それでも、自宅に閉じこもって酒飲んでいるより、学生と接している方がなんだか前向きだ。

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はっきり形にならない死への不安、「今」をなんとか自分のものにしたい焦り、友人、娘、学生がいてくれることで時折キラッと輝く希望、うまくいかなかったことも許せてしまう寛容な心持ち、そんな大学教授をジョニー・デップは演じている。深刻で、破天荒で、飄々としている。すごくいい。

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ジョニー・デップという役者

ジョニー・デップが出演している作品はなんとなく観に行く。行くんだけど、実は大好きなものはそれほどない。ジョニー・デップが好きなのかどうかわからない。随分前の『ギルバート・グレイプ』(1993年)は好き。それ以降は映画自体は好きなものもあるんだけど、作品の設定だったり、舞台装置に感動することがあっても、ジョニー・デップが大好きとはならなかった。どうして監督はあんなにカブいた演技を要求するんだろう。あれは監督じゃなくて、本人の意図なのかしら。とんでもないイケメンがエキセントリックな芝居をするたびに、どうにもげんなりしてしまって、『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』(2003年)に至っては途中で派手に寝てしまって、なんの話だかさっぱりわからないままだった。

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私にとってわからない役者だったジョニー・デップが、今回この作品でキラキラ輝いている。話の内容が私に合っていたからかもしれないが、ありがちな「余命もの」に終わらず、身近な「生きる」物語に変わり、大げさな感動とは無縁のどこにでもある「ちょっといい話」、「語り合いたくなる話」になっている。スクリプトが素晴らしいことも勿論だが、ジョニー・デップでなければこの作品にはならなかった。

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友人がこれからも亡くなるだろう。それよりも先に私が逝ってしまうかもしれない。でも、心配ない。この作品で余命宣告された時の対処法についてヒントをもらった。「毎日をよく生きる」、これが私たちに課せられた義務であると言われると、そんなにちゃんとできないもん、と文句を言いたくなるあなた。この作品をお勧めします。

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