救済すべきは「次世代」 子、孫へと広がる深刻な健康被害 生きて カネミ油症52年の証言 東海の被害者たち・下

東海地方で孤立していたカネミ油症被害者たちがつながり始めた(写真はイメージ)

 五島の玉之浦町から名古屋市に移り住んだカネミ油症認定患者の浦寿久(61)=仮名=は半世紀近く、救済と無縁だった。だが2年前の支援者との出会いをきっかけに、カネミ油症被害者東海連絡会の設立を決意。6月に共同代表に就いた。会員らと連絡を取り合う中、東海の被害者たちが置かれた厳しい現状を知った。その一人が五島・奈留島出身で、名古屋市に暮らす認定患者の女性(70)。汚染油を食べていない子や孫ら「次世代」にも深刻な健康被害が現れているようだった。
 女性は奈留島で高校3年の頃、家族で汚染油を摂取。未認定のまま卒業後に愛知県へ働きに出て、体調不良に襲われた。22歳で結婚。3人の娘と2人の息子に恵まれたが、いずれも吹き出物や倦怠(けんたい)感、婦人科系の病気などが相次いだ。特に症状が重かったのが長女。激しい頭痛に襲われたり顔中に吹き出物ができたりして、突然倒れることもあった。脳外科や内科などあらゆる病院に連れて行ったが原因はわからず孤立。診察券だけが増えていった。「名古屋の医者も普段油症を診ることはないし、そもそも油症を知らなかったのでは」と振り返る。
 女性自身、病状と油症が頭の中で結び付かなかった。汚染油摂取後すぐに五島を離れたため、知識もない。後に父が検診で油症認定されたと聞いたが、母は偏見を恐れたのか「必要ない」とかたくなに検診を拒み、女性も母に倣った。
 15、16年ほど前、長女が油症に関する新聞記事を偶然目にし、一家の病状との共通点に気付いた。女性は、長女ら子や孫を連れて五島市の検診会場へ。しかし認定診査で重視されるダイオキシン類の血中濃度は基準を超えず、却下された。
 女性は父が油症認定されているため、認定患者と同居し汚染油を食べた人を患者とみなす新制度で4年前に認定された。しかし油を直接摂取していない長女ら子や孫は、症状があるのに認定されていない。
 「私の体の毒を5人の子と4人の孫に分けてしまった」。そう嘆く女性は「国や研究者は、どうにかして苦しんでいる子や孫を守ってほしい」と願う。
 東海連絡会共同代表となった浦は「一番に救済すべきなのは次世代被害者だ」と確信。「被害者の話を聞けば母から子へ影響があるのは間違いなく、東海にも悩んでいる未認定の次世代被害者はたくさんいるはず。診断基準は根拠があいまいで国は責任逃れをしている。救済運動に参加するからには一矢を報いたい」と前を見据えている。
=敬称略=

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