連載「ことばは国境を越えて」 第2回:シーツに込められたメッセージ(2)

(2)シャワーと爆音とシャンプー

手術室看護師の白川優子 © MSF

手術室看護師の白川優子 © MSF

国境なき医師団(MSF)の手術室看護師として多くの活動地への派遣経験を持つ白川優子が、活動地の人びととの触れ合いから得た思いをつづった連載コラム※を、抜粋してご紹介します。

2012年、アラブの春を機に国内の情勢が不安定になったイエメンへの派遣が決まった白川。病院に着くや否や目にしたのは、銃撃や爆撃で傷つき、搬送されてきた人びとでした。

命を救う活動を、どうぞご支援ください。

寄付をする

※国境なき医師団への寄付は税制優遇措置(寄付金控除)の対象となります。

海外派遣スタッフの宿舎は、病院の2階にあった。緊急案件が連日続く中では、病院内に住んでいることにはいくつかの利点があった。ただちに治療に取りかからなくてはならない患者さんの元へ短時間で駆け付けられる。少し休憩を取りたい時にはすぐに自分の部屋に戻れる。何より、このように治安が不安定な場所で最大のリスク要因は移動である。移動がないことが安全に繋がるのだ。
 

仕事場には、「セーフルーム」と呼ばれる場所もあった。MSFの活動現場には、何かあった時に安全を求めてみんなが駆け込む場所が必ず設けられている。アデンの病院では、銃撃戦の音が聞こえる時にはセーフルームに避難してやり過ごした。

日夜、共に活動し続けた手術室チームのメンバーと © MSF

日夜、共に活動し続けた手術室チームのメンバーと © MSF

終わりの見えない手術が続く

アデンからそう遠くないところにアビヤン州という地域がある。州都ジンジバールは、過激派武装グループ「アラビア半島のアルカイダ」によって占拠されていた。この都市を奪還しようとする政府軍が攻撃を繰り返し、これに対する武装勢力からの報復と思われる暗殺やテロ行為も頻発していた。

 

その被害者たちが続々と病院に運ばれてくる。

ある時には、大規模な自爆テロによって、50人近くの重傷者が出て救急室が埋め尽くされ、3日間ほど全く眠らずに手術を続けた。負傷して運び込まれた兵士の身柄を差し出すよう、対立する軍に要求されたこともあった。

 

ある日、ふと手術が途切れたことがあった。

この時、私は心に決めていた。今日こそはゆっくりとシャワーを浴び、頭のてっぺんからつま先までゴシゴシ洗う。

緊急手術の合間にシャワーを浴びるか仮眠をとるか、という二者択一を何度か重ねた結果、真夏だというのに私は何日かシャワーを浴びずに仕事を続けていて、気持ちが悪くて仕方がなかった。シャワーを諦めて仮眠を選んでも、眠りについた途端に緊急で呼びだされ、いったん呼ばれると次にいつ休めるかが分からない。その繰り返しだった。

足はパンパンになり、その日は立っていることもできず、冷たいタイルの上に座り込んで、高さ調節のできない水シャワーが高い位置から降り注いでくる中、頭をゴシゴシと洗い始めた。

 

その時だった。凄まじい爆音が聞こえてきた。疲れ切っていた身体が、最後の力を振り絞ってアドレナリンを分泌したのか、私は反射的に立ち上がった。銃撃の音や、空爆の振動が伝わってくるのはよくあることだったが、爆音がここまで近くから聞こえてくることなどなかった。

 

しかしその後、私は再びシャワー室に座り込んでしまった。アドレナリンが続かなかったのか、どうでもよくなってしまったのか。遠くなりそうな意識の中で、相変わらず降り注いでくるシャワーを浴びながら、今のは花火の音に違いない、と自分に思いこませた。そして私は再び何事もなかったかのように頭を洗い始めた。とにかくシャンプーを終わらせたかった。すると今度は、シャワー室の窓からタイヤの焦げたような臭いが入り込んできた。

そこで我に返った。チームリーダーたちが、避難するようにと私の部屋のドアを叩いているかもしれない。または爆発による救急患者の受け入れ準備をするよう、携帯が鳴っているかもしれない。シャワー室を去り、5分後には手術室に立っていた。

 

つらい、疲れた、寝たい。

こんな日々が続いた。
 

 (「シーツに込められたメッセージ」(3)へ続く)※8月28日公開予定

命を救う活動を、どうぞご支援ください。

寄付をする

※国境なき医師団への寄付は税制優遇措置(寄付金控除)の対象となります。 

※このコラムは「情報・知識&オピニオン imidas」で連載中の「『国境なき医師団』看護師が出会った人々~Messages sans Frontieresことばは国境を越えて」を改題・再編集したものです。
原文はこちらから⇒「第6回 シーツに込められたメッセージ」

目次  連載「ことばは国境を越えて」(看護師・白川優子)

第1回:紛争地からの"ひとりごと"

第2回:シーツに込められたメッセージ

© 特定非営利活動法人国境なき医師団日本