デヴィッド・ボウイの再来、サイケデリック・ファーズこそ真のロックスター 1987年 2月25日 サイケデリック・ファーズのアルバム「ミッドナイト・トゥ・ミッドナイト」がリリースされた日

まだまだ健在!「プリティ・イン・ビンク」のあの人たち

サイケデリック・ファーズ、29年ぶりのアルバム『メイド・オブ・レイン』がリリースされた! コロナ禍でも嬉しい驚きはあるもので、これは2020年夏のちょっとしたハイライトだ。サブスクで一曲目を耳にして “コレだ! コレだよ、聴きたかったのは!!” と思ったファーズ・ファンは自分だけではないだろう。

残念ながら、日本ではそんなに盛り上がっていないし、当サイトをご贔屓にしてくれている方の多くも「プリティ・イン・ビンク」のあの人たち、まだやってたんだ!? …… くらいの反応だろうと勝手に判断して、少しファーズについて騒いでみようと思う。

1980年、イギリスから飛び出したサイケデリック・ファーズ

1980年にイギリスから飛び出したサイケデリック・ファーズはUKロックの新たな波として注目を集め…… などという前置きは省く。自分が初めて彼らの音楽を耳にしたのは1982年、当時全英チャートを賑わせていた「ラブ・マイ・ウェイ」。ラジオから流れてきた、そのダークで不穏な響きは田舎の高校生の心を鷲掴みにした。

何より耳にこびりついたのは、歌声だ。ハスキーで、確かにかっこいい。でも、うまく言えないのだが、力が抜けてるというか、腹から声が出ていないというか、息が洩れているというか…… 正直に白状すると「これを歌ってる人は鼻の病気なのかなあ?」と思ったりした。

この時点では、どんなビジュアルの人たちなのかわからなかったが、来日公演時の写真が音楽誌に載り、「ボーカルのリチャード・バトラーって、かっこいいなあ」と思うようになった。とにかく細い。そして当時のイギリスのアーティストらしいダークな、(そして不健康そうな)たたずまい。“デヴィッド・ボウイの再来” と言われたのも納得。かくして、この鼻の具合が心配になるシンガーは、自分にとってロックスターとなった。

世界的成功を収めたアルバム「ミッドナイト・トゥ・ミッドナイト」

1984年のシングル「ヘブン」も大好きだったが、我々の世代にはやはり「プリティ・イン・ピンク」だろう。1981年に発表されたこの曲は、1986年の同名のハリウッド映画に使用され、再レコーディングされてアメリカでも大ヒット。映画自体、今思い出しても切なくなる。この頃には自分も大学生になっていたが、当時付き合っていた、あまり音楽に詳しくない女子も、ファーズを認識するようになったのがちょっと嬉しかった。あまりピンクの服を着る子ではなかったけれど。

とにもかくにも、英国のマイナーなロックスターは世界的なロックスターとなった。となると、次のアルバムが待たれるわけだが、満を持して発表された彼らの5枚目のアルバム『ミッドナイト・トゥ・ミッドナイト』は「プリティ・イン・ピンク」の再録バージョンを収めていたこともあり、ファーズ史上最高のコマーシャルな成功を収めた。自分も輸入盤屋でゲットして何度も聴いた。

しかし、だ。悲しいかな、ファーズ・ファンでこのアルバムを誉めている人は、いまだに会ったことがない。理由は、それまでのファーズのサウンドとは趣を異にしているから。もはやダークではない元気なロックチューンぞろいだし、キャッチーで、エコーも効いている。ぶっちゃけ、らしくない。もっと言えば、売れ線に走りやがって…ということだ。

いや、これはロックスターのアルバムだから、これでイイのだ…… と、自分は声を大にして言いたい。バトラーのクールな鼻声が派手なサウンド処理の中にもくっきりと響いてくる。それだけでお腹いっぱいだし、タイトル曲の疾走感は最高じゃないか!

俗も聖も引き受ける真のロックスター!

この状況はデヴィッド・ボウイが『レッツ・ダンス』を発表したときとよく似ている。ボウイは同作でキャリア最大の成功を手にしたが、評論家や熱狂的なファンにはソッポを向かれた。後年、ボウイは同作を発表したことを後悔していると語ったりもしたが、バトラーもまた後年、『ミッドナイト・トゥ・ミッドナイト』に対して辛辣なコメントを発した。

それでも、ボウイが1983年の夏を踊らせたように、ファーズも1987年の自分のハートを大いにダンスさせてくれた。ロックスターとは、俗も聖も引き受けて、それだけでお腹いっぱいにさせる稀有な存在なのだ。

『ミッドナイト・トゥ・ミッドナイト』の後、ファーズは2枚のアルバムをリリース。同作の猛省を反映させ、コマーシャルに背を向けて、ダークなファーズ節を響かせた。解散後、バトラーはギタリストの弟のラヴ・スピット・ラヴを結成して、その路線を引き継ぐ。やっぱり、そうだよね、こうでなくっちゃねえ…… と思える程度に、自分もそのとき自分は大人になっていた。

2020年の自分は大人どころかジジイへの道まっしぐらだが、今もファーズの新譜に胸が踊るのはどうしようもない。あの頃と変わらない、鼻の具合が悪そうな声で、バトラーはファーズ節を響かせ、今もロックスターとして君臨している。

カタリベ: ソウママナブ

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