山道の険しい夏

 教育学者の斎藤孝さんに、味のある「諭す言葉」を集めた「説教名人」(文藝春秋)という本がある。その中に、5月に亡くなったジョージ秋山さんの漫画「浮浪雲(はぐれぐも)」からの引用を見つけた。勉強に身の入らない息子に父親が言う。〈富士山に登ろうと心に決めた人だけが富士山に登ったんです〉▲話は続く。〈散歩のついでに登った人はひとりもいませんよ〉。やがて息子の心構えは変わっていく。高山の頂を目指すひたむきさに欠ける身ながらも、名人の言葉は胸に染みる▲勉強を日課とする子どもや若い世代、とりわけ受験生たちはどうだろう。自分にとっての富士山、それぞれの目標を見据えた山登りはいま、何合目あたりか▲“登山者”にはことの外、山道の険しい夏になった。春にコロナ禍で臨時休校となり、代わりに夏休みは例年より何日も短い。学習の遅れを取り戻すだけでも、大汗をかきっぱなしだろう▲県内には夏休みを早めに切り上げ、もう2学期が始まった小中学校もある。短い夏休みだったが、宿題はこなしただろうか。まだ夏休み中という子どもは、さて…▲昨年、本紙「ジュニア歌壇」に載った一首がある。〈あと二日僕にください夏休み絶望的な宿題の山〉。遠い遠い夏、山の麓で“散歩”に明け暮れていたわが身と重なり、ほろ苦い。(徹)

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