欧州のバカンスはどう変わった? ローカル線での国境越えは「PCR検査なし」

コロナ禍の今夏、日本はもちろんのこと、どの国に暮らしていても移動は大きな関心事です。ヨーロッパ内の移動はどんな状況にあり、人々はどう対応しているのでしょうか?


27ヵ国が集まる欧州連合(EU)の国境は、2020年3月17日にいったん封鎖され、6月15日に解除されました。現在EU内の移動は可能ですが、国によっては入国者にPCR検査を義務付けています。国境を越える移動に関する情報は、プラットフォーム「Re-Open EU」に随時更新され、ヨーロッパ諸国の感染状況は欧州疾病予防管理センター(ECDC)が発行する地図で確認できます。

ECDCが発行するヨーロッパ諸国の感染状況を表した地図

筆者の体験などを元に、現状を紹介します。

車内に使用禁止座席を設ける仏とそうでないベルギー

7月上旬、パリからベルギーへ移動した筆者の体験談です。首都ブリュッセルに滞在し、そこから地方都市アントワープとブルージュへ日帰りの移動もしました。どちらの都市も、ブリュッセルから電車で約1時間半です。

パリからブリュッセルへはタリスで約1時間半と、普段であれば国外旅行という気はしませんが、3月半から5月半ばまで外出制限を経験した身には、「ようやくまた、こうして国外へ行けるのだ」という感慨が湧きました。コロナ禍前と同じでパスポートコントローや特別な書類の記入もなく、チケットの掲示のみで乗車し、ブリュッセル中央駅で下車。通常通り、新宿から甲府へ行くような感覚でのベルギー入国でした。

気になっていたアフターコロナのタリス座席状況は、筆者が利用した車両に関してはほぼ満席。ソーシャルディスタンス確保のために使用禁止の座席を設けるといった対策はとられていません。使用禁止座席を設けないところは、ブリュッセル市内のトラムやバスも同じです。パリ市内のメトロやバスには使用禁止座席があるので、対照的といえます。

間隔を置いて座るようシールが貼られたパリ地下鉄の座席

マスク着用義務はあるものの、4ヵ月ぶりに見ず知らずの人たちと密室を共にするというこの状況には、多少の緊張を感じました。

ブリュッセルの公共交通機関を利用すると、マスク着用は義務でも、見ず知らずの人と隣り合わせで座ることがちょくちょく起こります。「ベルギーの人たちは気にならないのか?」と思いましたがやはり気になるようで、ブリュッセルからブルージュへのローカル電車の中では、隣に座ることを拒否した女性と他の乗客との間で発生した激しい言い争いの現場に遭遇しました。筆者も、この同じ車内で2度隣席に座ることを拒否されました。

その時は、同じ車内なのだから隣に座らなくても同じことではないか、と理解できませんでしたが、半年前から「ソーシャルディスタンスは1.5メートル」と当局から言われ続けているベルギーの人々にしてみれば、長時間を他人と隣り合わせでいることは苦痛でしょう(フランスでのソーシャルディスタンスは1メートル)。

また、発車する便の乗車率が高い場合は、ホームへのアクセスも制限され、乗車できないことがあります。ブルージュからブリュッセルへの復路はこのケースで乗車できず、20分ほど待って次の電車を利用しました。

ベルギーで1週間に交流できる人数は10人まで

ベルギーでは外出制限解除以降、1週間に交流する人の数も制限されています。外出制限直後は、家庭や職場など日常的に行き来し合うの人数が、10人までとされていました。その後15人に増えたものの、夏季休暇シーズンの感染者増加を受け、8月いっぱいまで1週間の交流人数を最大5人とする大変厳しい規制が、7月29日から適用されています。例えば2人暮らしで、職場のオフィス(個室)に同僚が3人いる場合、合計5人となりもう定員です。

アントワープ市内

この規制は各自の良識ある行動に委ねられており、罰金や見回りはありませんが、人々は国家安全保障理事会が定めたこの規制を重く捉えています。ベルギーの放送局RTBFが7月29日に報道した、アントワープ大学が行った37,000人のアンケート調査結果によると、87%が「8月の予定をキャンセルする」、70%が「家族の集まりの日取りを変更する」と回答しています。

フランスではこの交流人数の制限は取り入れられていませんが、ベルギーの後を追う形で過密エリアでの屋外のマスク着用が8月10日から義務付けられました。同じヨーロッパ内の隣国同士であっても規制は一律ではなく、と同時に、他国の例を参考にしあいながら、新型コロナウイルス対策に取り組んでいることがわかります。

ローカル線での国境越えは飛行機よりも簡易

7月中旬、パリからスペイン北東部サン・セバスチャンへ移動した、パリ市在住のイギリス人男性に体験談を聞きました。パリからバスク地方ヘンダイ駅まではTGVで4時間程度。そこからローカル電車に乗り換え国境を越えて、サン・セバスチャンへ入ります。

彼は、フランス国外へバカンスに行きたいながらも、飛行機は利用したくなかったそうです。なぜなら窮屈な飛行機を利用することの不安と、万が一国境封鎖された場合の距離の不安があったといいます。鉄道で移動可能な場所であれば、突然の国境封鎖にも対応できると思い、フランスとの国境の町サン・セバスチャンを選びました。

ローカル電車での越境は、まるで地下鉄に乗っているように簡単だったそうですが、飛行機で入国する場合は記入書類がある他、体温が37.5度を越える人は空港で健康診断を受けるなど、状況が変わります。

「ローカル線に乗り換えた時も、越境の際も、パスポートコントロールやPCR検査はなかった。現地のホテルやレストランの従業員によると、フランスからの日帰り旅行者は多いらしい。観光はしたいがホテル利用は避けたい、という傾向がみられるそうだ。フランスよりも過酷なコロナ危機体験をしたスペインは、バーでもビーチでも、意識的にソーシャルディスタンスを確保していると感じた」とイギリス人男性は国境越えの体験を述べます。

このイギリス人男性は、英仏間の国際列車ユーロスターを使い来仏する父親を迎える準備もしていました。しかしキャンセルしたそうです。なぜなら8月15日以降、イギリスはフランスからの渡航者を14日間、隔離することになったからです。

「父には旅行を諦めてもらった。この展開は想定内だった。父は77歳と高齢なので、今は移動を控えたほうが安心だと何度も伝えていた。それでもパリに来るというので、20代の子供が2人いる我が家には泊めず、かわりに客室数の少ないブティックホテルを予約し、家族全員PCR検査を済ませておく予定だった」とイギリス人男性は答えます。リスクの少ない滞在先と移動手段を選び、行政の判断には速やかに従った形です。

いち早く観光再開に舵を切ったギリシャへの渡航

7月末と8月中旬の2回、フランスからギリシャへ移動し、バカンスを送った日本人夫婦にその時の様子を聞きました。パリからギリシャの首都アテネまでは3時間のフライト。エールフランス搭乗にはサージカルマスク着用が義務付けられており、フライトの長さに十分な枚数のサージカルマスクを準備することや、ティッシュペーパーとアルコールジェル(100ml以下)の携帯も事前に乗客に知らされます。

ギリシャ入国の際、パスポートチェックに加えて72時間以内のPCR検査結果(陰性)の提示が必要なので、夫婦はパリで検査を済ませていました。7月のエールフランス機内は空いていたが、8月は満席だったそうです。パリ発アテネ行きの直行便は毎日7便以上あるので、いかにギリシャでバカンスを過ごすフランス人が多いかがわかります。

夫妻はその時の様子を「7月の滞在は、個人的に貸し切った船で島を転々とするクルージングの旅だった。ホテルや人の多い場所に立ち入ることはなかったので、感染の心配は個人的にはしていない。通常賑やかなバカンス地がどこも閑散としており、現地の観光業を思うと気の毒になった。外国人を敬遠するムードは感じなかった」と語ります。

8月14日、フランス連帯・保健省、保健総局長ジェローム・サロモン氏は、ラジオ局フランス・アンテールに出演し、「現在フランスでは、1週間70万件のPCR検査が可能になった。どこで、どういった経緯で、感染が拡大傾向にあるのかをつぶさに把握することができるので、対策は可能だ」と語りました。

安心安全な移動のために情報を十分に収集し、守るべき目安を守って行動する。無料の検査が定着し、そのデータをもとに状況の把握が容易になったフランスでは、個人が移動を判断し実行することは、明確なルールの下で行われているようです。

Keiko Sumino-Leblanc / 加藤亨延

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