更生保護のいま 「『弱い人』が増えた」 病の60代の食器 70代が洗う 罪を犯した人の最後のとりで 再犯せず生きていく道 多様

刑務所から出所した人らが一時的に身を置く更生保護施設。各自個室を与えられ、罪と向き合いながら社会復帰を目指す(写真はイメージ)

 刑務所を出所した身寄りのない人たちが一定期間入所し、住居と食事の提供を受けながら社会復帰を目指す更生保護施設。長崎県内3施設の一つ、更生保護法人長崎啓成会(長崎市田上2丁目)の施設を訪ねた。2泊3日。就寝、起床、食事と入所者5人と同じ時間を過ごした。

 午前6時、朝食の時間。空になった食器を持って流し場へ向かう60代男性の足取りはおぼつかない。数日前、軽い脳梗塞のような症状があり、病院を受診したばかりだった。「よかけん、代わらんね」。70代男性がぶっきらぼうに食器を受け取り、流し場で代わりに洗ってあげた。食堂のスタッフにほめられ、この男性はわずかにはにかんだ。
 「犯罪者は昔と比べて『弱い人』が増えた」。法務省長崎保護観察所の古賀正明所長(51)は身体的、経済的、社会的弱者の犯罪者が多いと感じている。特に65歳以上の高齢者の一般刑法犯は2000年代から10年代で2倍以上に増えた。若者より高齢者の方が出所後の身寄りがないことが多く、更生保護施設の重要性は高まっているという。
 定員20人の啓成会では25日現在、5人が入所し、うち3人が60歳以上。県地域生活定着支援センター(諫早市)の伊豆丸剛史所長(44)によると、啓成会は以前から高齢出所者を積極的に受け入れ、外部の福祉サービスと連携してきた。「犯罪者をポンと受け入れる窓口は福祉にない。間口の広い更生保護施設は有効」と意義を説く。
 啓成会の食堂では70代男性が持病の薬4種類を飲んでいた。職員に皮下注射を打ってもらうこともあるという。「もうすっかりやせてしもうたです」。男性は寂しげに笑い、つえを突きながら自室に戻った。啓成会の事務室のホワイトボードには脳神経外科や糖尿病内科の検査予約票が並んでいた。

事務室に貼られた入所者の検査予約票(画像の一部を加工しています)

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 高齢者や障害者をケアするため、施設はハード・ソフト両面での対応に迫られている。啓成会は今年7月、施設の現地建て替えが完了。車いす利用者にも対応するためエレベーターを設置し、約10畳の広い個室や多目的トイレも整備した。看護師の資格を持つ男性職員(62)も6月から勤務している。入所者への医療的ケアに当たっており「医療福祉関係の業務はじりじり増えている」という。
 ただ、更生保護施設にいられる期間は原則、最長6カ月。従来、施設を出た後は自立して生活することが望ましいとされてきたが、「弱い人」の増加は社会復帰の在り方にも影響を及ぼしている。
 入所者の一人、50代男性は窃盗罪で1年間、県外の刑務所に服役していた。出所後は更生保護施設にいる間に働いて貯金し、そのまま社会に復帰するつもりだった。だが、体調を崩し休職している。「いつかここを出ないといけないと思うと、悩みは尽きない」とうつむいた。
 罪に問われた人の生活環境の調整をする長崎保護観察所によると、再犯者の約7割は無職。仕事を続けることが犯罪抑止につながる。だが、働いて生活することが難しい人もいる。
 啓成会の職員は「社会復帰にもさまざまなゴールがある」と説明してくれた。働いて自立した生活を送ることを目指す人もいれば、福祉サービスを受けながら地域でおだやかに暮らすことをゴールにすべき人もいる。「いずれにせよ必ず地域に戻る。どう軟着陸させるかが大事」
 ただ、更生に向けた取り組みの中で、支援の比重が増しているという。川内哲也施設長(73)は「やんちゃな人ならどうにか生きていくエネルギーがあるとも言える。『弱い人』が再犯せずに生きていくには、誰かがサポートしてあげないといけない」と定期的なフォローアップの必要性を告げた。

記者が宿泊した部屋。ベッドやテレビなどが備え付けられ、南向きの窓の光を浴びながら目を覚ました=長崎市、長崎啓成会

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 更生保護は施設だけでなく、地域の保護司や協力雇用主など多くの人のサポートがあって成り立っている。啓成会は建て替えの際に、保護司や出所者らが面談や会議に活用できる相談室も整備。川内施設長は新施設を「更生保護のサポートセンター」にしたいと口にする。そして「寮生(入所者)にはバックアップしてくれる多くの人の存在を認識し、更生につなげてほしい」と願う。
 元消防士の男性職員(73)は啓成会に勤めて12年。入所者同士のけんかの仲裁や、覚醒剤のフラッシュバックに苦しむ姿を夜通し見守ったこともある。それでも再犯する人もいる。むなしい思いもするという。「どれだけの人が関わっているか。自分の人生をもう少し考えてほしい」
 朝食を済ませた50代の男性が記者のテーブルに来た。服役中の経験を話した後、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。「加害者のせいで、罪もない人が被害者になるんですよね」。「施設はちゃんと考える最後の機会になる。外に出たら、自分の生活で精いっぱいになるから」。男性の目はまっすぐに記者を見つめていた。
 「更生保護は罪を犯した人の最後のとりで」と川内施設長は語った。「保護観察期間を終えても、一社会人同士としてお付き合いできればいい」。滞在を終え、感謝を伝えると「また何でも聞いてください」と柔らかい表情が返ってきた。
 「そういえば、一度も怒声を聞かなかったな」。そう気付いたのは施設を出た後だった。


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