新型コロナ感染者なのに、なぜ〝健康〟を装うのか オランダ、筆者が出合った驚くべき人々【世界から】

アムステルダム市の保健所(GGD)による、人口1万人に対する1週間当たりの新規感染者数を表した図表。ニューウエスト地区(「Nieuw-West」と表記)の感染者数は市内で最も高くなっている。(資料提供:GGD Amsterdam)

 新型コロナウイルスがいまだに世界中で猛威を振るっている。人口およそ1740万人のオランダでも一時期ほどではないものの、1日当たり500人を超える新規感染者が確認するなど抑え込みにはほど遠い状態が続いている。そんな中、にわかには信じられない体験をしてしまった。(オランダ在住ジャーナリスト、共同通信特約=稲葉かおる)

 ▽感染防止策が理解できない

 オランダの首都・アムステルダム市の西に位置するニューウエスト地区は、市内でも新型コロナウイルスの感染者が著しく増加している地区だ。8月21日にアムステルダム市役所が発表した統計によると、直近1週間(8月14日から20日)に同地区で確認された感染者数は住民1万人あたり10・4人という。

 アムステルダム市全体では7・8人なのでやはり多い。そればかりか、重症で入院している人数も他の地区と比較すれば多くいるという。なぜ、このようなことが起きているのだろうか?

 この地区には経済的に恵まれない人たちが暮らしており、その多くは移民である。彼らのほとんどはオランダ語が読めないため、政府が発布する感染防止法などもよく理解できていないそうだ。生活援助組織「PerMens(ペルメンス)」のリーダー、ムラド・エゾバ氏はオランダの大手報道誌「Het Parool(ヘト・パロール)」に対し、こう語っている。

 「この地区を歩いているとびっくりするのですが、なぜ感染防止を行う必要があるのかさえ、知らない人たちがたくさんいるのです」

 彼らは、発熱やせきなど初期症状が出ても放置したまま外出しては、友人や知人を訪問したり、パーティーを開催したりする。結果、知らないうちに新型コロナウイルスをまき散らしてしまうことになる。

オランダにおける観光の中心ともいえるアムステルダム市の中心地も新型コロナウイルスの影響で閑散としている

 ▽非常識な人たち

 筆者の長女も先日、新型コロナウイルスに感染した人と夕食を共にした。この感染者もコロナに関する知識をまるで持ち合わせていなかった。事の成り行きはこうである。

 長女はクラスメートの3人(仮にAさん、Bさん、Cさんとする)と外出した。帰り際に、Aさんが自分の家で食事しないかと長女、BさんとCさんを誘ってきた。ニューウエスト地区にあるAさんの家に到着すると、外国からの移民であるAさんの母親が出迎えてくれた。ところが、母親は激しくせき込んでいたという。

 キッチンで夕食を調理し始めた母親は、ひどいせきをし続けた。その様子を目にした長女とBさん、Cさんが不安を感じた時である。Aさんから母親が新型コロナウイルスに感染していることを聞かされたのだ。感染を心配した長女は翌日の朝、保健所に出向いてPCR検査を受けた。

 検査を終えて帰宅した長女のもとに、Aさんが電話をかけてきた。てっきり謝るのだろうと思っていたら、驚くことに彼女は怒り心頭でこうまくしたてた。「PCR検査を受けるなど余計なことをしたせいで母親が感染源であることが世間にバレてしまったら、どうするの」

 そればかりか、こうも口にした。家族全員が「村八分」にされるなどのいじめを受けたら、訴訟を起こすつもりだ、と。

 新型コロナウイルスを〝ばらまいている〟側から脅迫めいたことを言われるとはまったく予想していなかった。こちらも感染拡大防止のために必死にやっている。それだけに、このような常識はずれの行為に巻き込まれてしまい怒りを覚えずにはいられなかった。

 ▽保健所も対策

長女がPCR検査を受けた保健所にが作成した資料=稲葉かおる撮影

 この騒ぎの2日後、私はわが目を疑う光景に出くわした。保健所で新型コロナウイルス感染が確認されたため、外出自粛生活を強いられているはずのAさん親子がカフェでコーヒーを飲んでいるではないか。あっけに取られている私に気づいたAさんがこちらにやってきて、こう言い放った。

 「コロナ陽性と言ったのはジョークだ」

 長女によればその後も、Aさん親子はあちこちに出没し、ついには隣国のドイツにまで足を延ばして夏休みを満喫してきたという。筆者にはとても信じられない、身勝手な行動をなぜ、彼女たちはするのだろう。

 先述したように、新型コロナウイルスに関する知識をあまり持ち合わせていないことが影響していることは確かなようだ。これに加えて、感染したことによる差別を恐れている節もある。

 言葉が十分に理解できないなど同情すべき点は間違いなくある。とはいえ、感染が拡大してしまうのも困る。対策はあるのだろうか。保健所に尋ねてみた。すると、次のような答えが返ってきた。

 たとえ罰金を課したとしても、こういう感染者は何度でも同じ過ちを犯すだろう。したがって、お互い意思の疎通をしながら諭すしかない。

 Aさん親子のような人たちはオランダ国内に少なからずいるようだ。保健所では具体的な取り組みを既に導入している。新型コロナウイルスがいかに危険であるかを認識させるために、特別チームを組んで相手に説明を尽くして理解してもらうのだ。何とも回りくどい。だが、この方法がもっとも効果が出るそうだ。

 幸いなことに、長女は陰性だった。しかし、Aさん親子のような感染者がいる以上、新型コロナウイルスが終息するのはまだまだ先のことになるだろう。

© 一般社団法人共同通信社