プリンスの仮装パーティーで “鳩が飛ぶとき” 恋のゆくえと奇跡の表参道 1984年 6月25日 プリンスのアルバム「パープル・レイン」がリリースされた日

好きと嫌いはいつだって表裏一体、私にとってその代表はプリンス

気持ち悪い奇妙なものや人をずっと意識していると、ある日突然大好きになることがある。きっと愛憎だったり好きと嫌いは、いつだって表裏一体だから。私にとってその代表はプリンス。

『1982年の鹿鳴館、原宿「ピテカントロプス・エレクトス」誕生秘話』でも書いたように、私はアパレル会社勤務が長かった。

ある時、中途採用で四国から上京して来た男子(M君)が入社した。アパレルの他に飲食、クラブ経営、古着や雑貨まである部門の中で、彼は私のいた部署に配属され、私達はすぐに仲良くなった。朴訥で柔らかい口調の彼は、洋服やカルチャー全般に詳しく、よく2人でライブやレコード屋、古着屋などに出掛けたりもした。

「東京は凄い街ですね。電車に乗ったらわずか2分で新宿、原宿、渋谷、恵比寿… 全然違う街がある。だいたい夜中1時に電車が走ってるなんて僕の田舎じゃありえませんから」

… なんて言うM君を「可愛いな」と思う私がいた。私達は、ほどなくして社内で噂になった。彼には田舎に遠距離恋愛中の彼女がいたが私はフリー。やたらと周りが盛り上げて顔を赤くしながら照れる彼を見ると、さらに可愛いな… と思った。

アルバム「パープル・レイン」で気づいた “黒いデヴィッド・ボウイ”

会社には音楽通が揃っていて、社内各階にレコードプレイヤーやラジカセがあり常に音楽が鳴っていたのだが、ある時プリンスの「1999」がかかった。

「これ誰?」
「プリンス」
「あー、あの黒ブリーフの!」

なんて周りとの会話に、思わず私が爆笑しながら、

「やだー!しかも私より身長低いし!」

… と言ったら、つかつかとM君が憤怒の形相で近づいて来て、いきなり私の腕を掴み外に連れて行かれた。

「田中さん!僕は幻滅しました!もっと音楽を大事にしてる人だと思ったのに残念です!悔しいです!プリンスは… プリンスは黒いデヴィッド・ボウイです!! つまり貴女はボウイも音楽も分かって無い、ただのミーハーだ!!」

… と一方的に怒鳴られた。何が何だか分からないまま社内に戻ったが釈然としない。その日以来、彼は私を避けて挨拶もしてくれなくなった。謝罪はおろか反論も出来ず、私はそれから暫くプリンスだけを聴くようにした。ひと月もすると、あんなに気持ち悪く卑猥な歌ばかり歌うプリンスの黒ブリーフ写真も可愛らしく見えて来たから不思議。しかし “黒いデヴィッド・ボウイ” がまだピンと来ない。そんなタイミングで『パープル・レイン』がリリースされる。

何このギラギラのグラム感! 凄いカッコ良い!

リリースされた日から、社内だけでなく、有線でも、ラジオでも、ショップでも… 至るところで『パープル・レイン』から各曲かかりまくっていた。私はようやくこのアルバムで “黒いデヴィッド・ボウイ” の意味が分かった気がした。

そうなると、M君と話がしたくて仕方なかった。しかし、私が近づくと彼は避けるという日々は変わらずだった。

アパレル会社恒例、仮装パーティーのお題はプリンス

何となくこの状況を把握した愛すべき社長夫妻が、ボーナス支給日にパーティーを開くことを朝礼で発表した。ボーナス支給時には毎度のことだが、ハワイ旅行や現金10万円などの賞品がある本気の仮装パーティーだ。

今回のお題は “プリンス”。

そこはアパレル会社なため、みんな本気で残業してミシンに向かう。普段は地味な経理部長もウィッグを買いに走り、とにかく通常業務を終えてから、社内は寝袋持ち込みで入賞を狙う日が1週間続いた。

私は心境的にあえてプリンスと別れたヴァニティを選択。他の女性陣は、アポロニア・コテロやウェンディ&リサなど、ミュージックビデオや雑誌を研究して、いかになりきるかひたすら手作り。一方、気がかりのM君は残業せず一体何をやるのか謎のままだった。

パーティー当日。会場は表参道のハナエモリビルのイベントスペース。着替える場所がないため、原宿駅からみんなで歩く。

表参道の緩やかな下って上る坂道を、黒ブリーフに胸毛をつけた男や、半裸に近い私や沢山のアポロニア、プリンスというお題からプリンセスで白雪姫と7人のこびと、バイクで紫のスーツ姿の “まんまプリンス”やら… 強烈な仮装軍団が表参道を「パープル・レイン」を歌いながら練り歩くなか、私はひたすらM君を探した。

プリンスとヴァニティ、表参道で奇跡の再会

彼は「カフェ・ド・ロペ」の横で、シルクハットにフリルのシャツ、そして紫のスーツ姿で鳩を携えて立っていた。方や、今は無き同潤会アパートの前で、黒いビスチェに、網タイツに、つけまつ毛の私は彼の名前を呼んだ。

彼は私を見て ゆっくり鳩をこちらに飛ばした。私は鳩を目で追い、手を広げて伸ばしたら鳩は私の手首あたりに止まった。

M君は道の対岸でそれを確認し、ゆっくり歩き出した。私も鳩とともにゆっくり鳩が逃げないよう細心の注意を払い、彼を追う。ほどなくして私達はパーティー会場に着き、私はM君を探し、まずは鳩を返した。

「ヴァニティ、似合ってますよ」

彼がそう言ったその瞬間、会場では「ビートに抱かれて(When Doves Cry)」がかかり、みんなが踊り狂い出した。私は憑物が落ちたみたいに涙があふれ、つけまつ毛が外れた。

2人で口ずさんだ「テイク・ミー・ウィズ・U」

彼は審査員特別賞をもらい、鳩とともに表彰された。私達はみんなが去った後、プリンスと泣き濡れたヴァニティのまま、夜通し鳩を抱えて、当時表参道のランドマークだったハナエモリビルの階段で、かつてのようにたくさん彼と話をした。

そのとき、実は彼が明日から四国に帰り、うちのアパレルのフランチャイズ店をやることを、私は初めて聞かされた。社長含め、みんながあえて私に黙っていたらしい。

「東京最後の夜を田中さんと過ごせて良かったです。プリンスを聴いたら僕を想い出してください。ヴァニティ」

こうして私達は始発電車を目指して原宿駅に向かって歩き出した。2人でどちらからともなく「テイク・ミー・ウィズ・U」を口ずさみながら。

カタリベ: ロニー田中

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