【米国リテールトレンド】デジタルに見るファッションの未来(後編)

©株式会社メディアシーク

デジタルで広がる「着る」という体験

 前編ではファッションのデジタルシフト事例として「Dress-X」を紹介したが、後編では「Dress-X」がなぜ注目されているのかを説明したい。(前編はこちら

 アムステルダム発のデジタルファッションハウス「The Fabricant」や、カンヌライオンズでグランプリを受賞したコペンハーゲン発の「Carlings」など、すでにデジタル空間でのみ着用できる服を開発しているファッションテックはいくつか存在する。また、普段からビデオゲームでスキンを購入している人にとっては、こういったサービスは特に目新しくないかもしれない。ちなみに、記録的ヒットを飛ばしているNintendo Switchの「あつまれ どうぶつの森」では、ヴァレンティノやマーク ジェイコブスといったハイブランドが衣装提供したことも話題になった。 

 しかし、「Dress-X」は単にデジタルにしか存在しない3Dデザインの服を提供するのではなく、フィジカルな服の生存性を尊重することで他との差別化を図ろうとしている。つまり、デジタルな服はただボディを抽象的に包めばいいという話ではなく、いかに没入感をユーザーに体感してもらうか、「リアルな信憑性」を感じ取ってもらうか、に注目しなければならない。また、デジタルと実物の両方で今後服を販売するブランドが増えると想定されるが、その場合、緻密な「カッティングの技」はデジタルの世界においてもかなりの肝となる。実際、他ブランドでは最初から3Dでデザインしているため、フィジカルな領域で機能できる構造とシェイプを持っていない服が多いらしい。そのあたりの差異を埋めるのは、これまでリアルな卸売業でファッションビジネスの経験を積み、服の構造をよくわかっている「Dress-X」の得意とするところではないだろうか。

環境にも配慮したデジタルドレッシング

 「Dress-X」は生地のドレープやフィット感を正確に作るために、現在パターンカットのバックグラウンドを持つ優秀な2D、3Dアーティスト、そしてテクニカルデザイナーと協働しているが、今後は集中的な手作業をなるべく削減するためにAIによる自動化プロセスの準備に取り組んでいるという。開発については今後より改善していくことになるだろうが、ローンチ1日目には2,000人のユニークユーザーが訪れたそうで、注文はその後も日々2倍のスピードで上がっているとのこと。「Dress-X」ではアイテム1点を生産する際の総二酸化炭素排出量が、フィジカルな服の平均生産量よりも 95%少なく、CO2の削減を試みている。また、ブランドや消費者に新しい買い物の発見を提案し、返品が多いEコマースに代替案をもたらしている。そういった未来を見据えた計画も、サスティナブルに関心の高い若年層からの支持を集める要因となっているのだろう。目指すKPIは「10年以内に10億着のデジタルアイテムを販売すること」らしいが、あながち夢ではないかもしれない。

 以前、『ELLE JAPON』の取材でダリアは「ファッションが持つポジティブなエナジーというのは、時代が良い方向へ進むために必要な要素」と語っている。不安定な政治問題や経済状況が続くウクライナで生きてきたからこそ、見えてくるファッションの方向性もあるのだろう。共産圏で他国の情報も入ってこないという、制限された不自由な時代があったからこそ、無からアイデアをひねりだすクリエイティビティにも長けているのではないだろうか。ダリア、ナタリア、そしてその仲間達が、現在アメリカを基点に心血を注ぐファッションテックが、今後どのような新しい思考を私たちにもたらしてくれるのか楽しみである。