社会のサステナビリティを促進する、これからのイベント運営

イベント・MICE運営におけるサステナビリティの重要性はますます高まってきている。サステナブル・ブランド国際会議2020横浜では、イベント会社のセレスポ(東京・豊島)と博展(東京・中央)が、日本国内におけるイベントのサステナビリティを促進する目的で「サステナブル・イベント・プロフェッショナル・フォーラム(Sustainable Event Professional Forum) 『サステナビリティ』視点が必須となる、これからのイベント」を開催した。登壇したのは、持続可能なイベント運営のための国際標準規格「ISO20121」の策定に最年少の女性議長として携わった英Positive Impact Eventsのフィオナ・ペラムCEOや世界トライアスロンシリーズ横浜大会組織委員会の金子忠彦事務局長などだ。(サステナブル・ブランド編集局)

イベントはSDGsの達成のために最も重要な産業

ぺラムCEOは2005年、サステナブルなイベント運営を世界的に促進するPositive Impact Events(以下、P.I.E.)を設立した。国際機関や企業と連携するほか、ISO20121やイベントのサステナビリティ報告書GRI EOSSなどの立ち上げに携わってきた。「持続可能な世界をつくる上で、イベント業界は最も重要な役割を担っている。イベントには、人と人を繋ぎ、協力し合い、イノベーションを起こしながら、社会に変化を生み出す機会をつくる力がある」と話す。

SDGs達成に向けてイベント業界が果たすべき役割とは何か――。P.I.E.は国連SDGアクション・キャンペーンと連携して調査を実施し、取り組むべきSDGsのターゲットを特定した。1ヵ月間で66カ国のイベント関係者から7000件の回答があったという。

イベント業界がSDGs達成に向けて取り組むべきSDGsのターゲット
目標4「質の高い教育をみんなに」ターゲット4.7
2030年までに、持続可能な開発のための教育及び持続可能なライフスタイル、人権、男女の平等、平和及び非暴力的文化の推進、グローバル・シチズンシップ、文化多様性と文化の持続可能な開発への貢献の理解の教育を通して、すべての学習者が、持続可能な開発を促進するために必要な知識及び技能を習得できるようにする。

これはイベント業界の役割であり、存在意義ともいえるものだ。さらに、ぺラムCEOは「イベント業界に携わる人たちが自分ゴト化しづらいことではあるが」と前置きし、目標16「平和と公正をすべての人に」のターゲット16.7「あらゆるレベルにおいて、対応的、包摂的、参加型及び代表的な意思決定を確保する」にも取り組んで欲しいと話した。P.I.E.は、SDGsの達成につながるイベント運営を促進するために、イベント業界にサステナビリティ報告書を発行することを促し、業界のコミットメントを継続的に募るといった取り組みを行う。

ディスカバリー・マインドセットが必要

イベント業界に携わる企業がサステナビリティに取り組む上で重要なのが「ディスカバリー・マインドセット(発見する思考)」だ。どうすればイベントを通して持続可能な社会を実現できるのか、どんな変化が生まれるのか、誰かに答えを教えてもらおうとする姿勢ではなく、自ら解を探していく姿勢が必要だ、とぺラムCEOは強調した。デザイン思考の5つのステップ「共感、問題定義、創造、プロトタイプ、テスト」を例に挙げ、「初めから問いの答えが何かを考えるのではなく、まず課題を知ることだ」とした。

また持続可能性に配慮したイベントを開催するには、「目標設定」を行う必要がある。

「共通するチェックリストではなく、それぞれのイベントに合わせたチェックリストをつくることが重要。そのためには、イベントを行う側が、取り組むべき課題がなにかを特定し理解することが必要だ。ステークホルダーやイベント参加者との対話を行い、環境・社会への負荷を測定し、削減目標を立てる。それができたら、次に、従業員、同僚、サプライチェーンのパートナー企業、イベント参加者の『教育』を行う必要がある」

ぺラムCEOは、グローバルトレンドから、昨今のイベント業界における重要キーワードとして「プラスチック」「人権」「(環境負荷の)測定」「サーキュラーエコノミー(循環経済)」を挙げた。「ゼロ・プラスチック・イベントの実現は目前まで来ている。しかし乗り越えなければならないことがある。サプライヤーやケータリング業者だけでなく、プラスチックの持ち込みをしないように参加者を巻き込んでいく必要がある」とし、そのために使えるアプリ「EventSustainability」を紹介した。

イベント業界のサステナビリティに関する最新情報やアイデア、クイズなどもある。

会場からの「サステナビリティに配慮することで、クリエイティビティが制限されるのではないか」という質問にぺラムCEOはこう答えた。

「サステナビリティこそがクリエイティブ。サステナビリティに取り組むには、クリエイティビティが必須。そして、クリエイティブにSDGsをはじめとする課題に取り組むベストな方法がまさに『イベント』だ。イベント業界にとってこれから大事になるのは、どんな人を、何のために集め、どうすればサステナブルな世界を実現できるのかを考えてイベントを創っていくことだ」

地域の力を結集し、世界大会を開催する

横浜市では2009年以来、「ITU世界トライアスロン・パラトライアスロンシリーズ横浜大会」を開催している。同大会は、オリンピックを目指す各国の代表選手が世界を転戦しながらポイントを獲得し、年間のチャンピオンを決定するシリーズ戦だ。横浜大会のコースは、山下公園や赤レンガ倉庫を通過する「横浜らしさ」を重視して、設定されている。年々参加者は増えており、10年間で1万4500人が出場し、観戦者数は276万200人に上るという。

2012年、同大会はぺラムCEOが携わった国際標準規格「ISO20121」を国内イベントとして初めて取得した。同規格はオリンピックでも運用されており、環境性・社会性・経済性のあるイベント運営を目指すものだ。

規格を取得した理由は5つ。①スクラップビルド型でなく、環境がよくなる大会にする②持続可能な運営によって、大会を定着化し、横浜の風物詩にしていく③国際標準規格を取得し、国内外に横浜の先進性を発信する④他のイベントと差別化して収益を上げ、企業からの協賛金獲得につなげていくことだ。

環境については、大会を招聘する以前の2007年から、選手が泳ぐ山下公園前の海域の水質浄化に取り組んできた。「横浜の海で泳げるのか」という市民の声もあったが、海の浄化機能を活用した実証実験を繰り返し、現在では貝類や水中生物も増えるほど水質環境が良くなった、と金子忠彦・大会組織委員会事務局長は言う。さらに、大会の1カ月前には「Green Triathlon (グリーントライアスロン)」という市民が本番のコースを清掃するプレイベントを行うほか、大会運営スタッフや参加者の移動によって生じる二酸化炭素をオフセットするなどしている。

さらに、横浜大会では「パラトライアスロン」を単独で開催。横浜市の障害者支援センターの協力のもと、パラアスリートをサポートできる運営スタッフを育成してきた。ボランティアや団体、企業、学生など年間4000人に上る運営スタッフのおかげで、横浜大会は国際トライアスロン連合からも「世界一の大会」と評されるほどに成長したという。

「毎年、運営の目標を掲げたチェックリストをつくり、PDCAをしっかり回すようにしている。約4000人に上る運営スタッフに大会の振り返りをしてもらい、翌年の大会運営に生かし、課題が解決できたかを評価して運営を行っている」

金子事務局長は「単に開催するだけでなく、トライアスロンを通じて多岐にわたる貢献を果たすことを大切にしている。運営スタッフは『また来年もやりたい』と言ってくれる。10年間で積み重ねてきたレガシーをこの先の10年の歩みにし、トライアスロンのさらなる発展に繋げたい」と語った。

トークセッションでファシリテーターを務めたセレスポの越川延明氏は、「サステナビリティに配慮したイベント運営を行う上で、手伝ってくれる人が幸せになるというのは大事。ボランティアもスタッフも自分ゴト化でき、いろんな方が主役になれるという状況をつくることが求められる」と語った。

サステナブルなイベント運営で重要な「パートナーシップ」

左から犬塚氏、白川氏

2月に開催したサステナブル・ブランド国際会議2020横浜は、東京観光財団の「TOKYO MICEサステナビリティ ガイドライン」に沿ってサステナビリティに配慮したイベント運営を実施した。イベントのサステナビリティに早くから着手するセレスポ社にアドバイザーとなってもらい準備を進めた。

主に「管理と教育」「調達」「エネルギーと水」「廃棄物」「地域社会(コミュニティ)」の課題に取り組んだ。例えば、関係者を対象にしたサステナビリティを啓発する勉強会の実施、祈祷室・スペースの設置など宗教的慣習への対応、イベントのサステナビリティ報告書の発行、会場でのエコタイルカーペットの使用、プログラムガイドにFSC認証紙を使用、地産地消食材やMSC・ASC認証のシーフードの提供、サプライヤーが持続可能性に配慮した調達を行っているかの確認、紙資材の活用で木材使用量を最小限に抑制、リユース部材の利用、総使用電力量の算出とカーボンオフセット、装飾物の制作に100%再生可能エネルギーを使用、給水スポットの設置とマイボルト持参の呼びかけ、会場内で排出される産業廃棄物を100%リサイクルするなどした。

セレスポのサステナブルイベント研究所の犬塚圭介所長は「今回の取り組みを通し、主催者だけでなく、アドバイザーを務めたセレスポをはじめとするパートナー企業が互いに有形・無形のレガシーを獲得できたことは最大の効果だ」と語った。

博展制作本部プロダクトマネジメント部部長の白川陽一氏は「過去の開催では、サステナビリティに配慮した部材を使うなど部分的な取り組みに留まっていたが、今回はより包括的に取り組んだ。また努力目標ではなく数値目標を掲げた。さまざまなパートナー企業の協力によって実現できたことだ。取り組みの過程で、アイデアを計画に落とし込むノウハウやイベント・MICEにおけるトレーサビリティが確立できた」と振り返った。

フォーラムの締めくくりに、セレスポの稲葉利彦社長は「近年、イベントの成功の要素が変わってきている。かつては、来場者数、メディアにどう取り上げられたかなどで評価されたが、特に国際的なイベントについてはサステナビリティへの対応ができていなければ評価してもらえない時代になっている。サステナビリティに取り組むことがプラスの評価になる時代から、取り組んでいて当たり前で、取り組んでいないと失点になる時代だ」と語った。

博展の田口徳久社長は「サステナブル・ブランド国際会議を2016年に始めた時にはまだSDGsという言葉もあまり知られていなかった。しかし、これを日本に持ってくることは必ず将来のプラスになると思って取り組んできた。強い意志を持ってサステナビリティに取り組んでいかなければならない」と話した。

© 株式会社博展