観光苦境の出口は本当に見えないのか 箱物重視からスローバケーションへの転換を

By 西澤真理子

閑散とするJR越後湯沢駅前=5月21日、新潟県湯沢町

 日本の観光が悲鳴を上げている。インバウンド需要が蒸発し、国内でも「自粛」で人が観光地に足を向けない。だが本当に観光は「出口が見えない」のだろうか。コロナ禍で観光産業が置かれる環境は一変した。新しい環境に適応できなければ衰える。「出口」が見えないのではなく、見たくないのではないか。新潟県湯沢町からこれからの観光のあり方を考えた。(リスク管理・コミュニケーションコンサルタント=西澤真理子)

 ▽激減した観光客

 お盆の真っただ中の8月12日、東京20時発新潟行きの特急「とき」1号車は、乗客が10人にも満たなかった。高崎を過ぎると、多くが下車し、ほぼ貸し切り状態だった。東京から70分でアクセスできる観光地の越後湯沢は駅も周辺も申し訳なくなるくらい閑散としていた。

閑散とするJR越後湯沢駅=8月

 「駅で2~3時間待つのはざら。朝だとお客さんもいないよ。お客さんが電車で来てくれないと商売になんないんだ。悲惨ですよ。これからどうなっていくのか想像もつかない」。乗車したタクシーの運転手さんはつぶやく。バブル期、スキー全盛期のシンボルで、夏のフジロックフェスティバルやユーミンのコンサートが毎年行われる苗場スキー場があるプリンスホテルでさえ、スキーシーズンまで休業することが決まった。ゴルフ客も少ないそうだ。

 「冬にスキー客が戻るといいんだけど。最近は半分がスキー客も外国人客だしね」。スキー場には英語や中国語の表記があふれていたが、需要は蒸発した。

 ▽インバウンド頼みの反動

 日本はここ数年、訪日観光客のインバウンド消費を頼りにしてきた。総額では日本人による国内旅行の4分の1だが、1回当たりの1人当たり単価が日本人の3倍と報道されている。海外旅行する際、もう二度と来ないかもしれない、と、財布のひもが緩む。だから、観光地は外国人旅行客の誘致に力を入れてきたという。しかし現状は訪日客がほぼゼロで、見込んでいた収入が全国で蒸発している。

 コロナの収束状況の見通しが立たない中、報道によると、コロナ収束後に長期的に観れば訪日客が戻るとの期待が高く、日本政府観光局では、海外各国で日本国内の感染状況や対策の発信を続け、誘致を再開するタイミングを見計らっているという。

 しかし、本当にこの戦略は機能するのだろうか。これはデータに基づき冷静に分析したものというより、受ける側の精神論的な「祈りに近い」期待感ではないのか。

大型連休のUターンラッシュが本格化し、東京方面(手前)への車で渋滞する東名高速道路=2019年5月5日夕、神奈川県海老名市(共同通信社ヘリから)

 ▽「効率的」休暇は一昔前のこと

 コロナ時代は生活も、そして観光も大きく変わる。

 コロナ前は、手軽で効率のよい休みの過ごし方が主流だった。首都圏から週末、近場に観光に行くと言っても、帰りは車が渋滞する。土曜からの泊まりとしても日曜の2時にはもう出ないといけなかった。そうするとゆっくり時間を楽しむより、効率性が肝になる。

 コロナ時代は、その近場に人が集中するから「3密だ」と批判される。近場に行くために都内で車を持つには駐車場代からも割が合わない。

 でもコロナ禍で環境は変化した。以前より時間はたっぷりある。効率重視で消費型の観光から、「ゆったり」自然を楽しむ滞在型観光へ、本来での意味での休暇を取ることがこれからは主流になるだろう。仕事をしながら中長期で休暇を楽しむ「ワーケーション」が進むのはごく自然な流れだ。

 日本は先進国の中で長期休暇が短い。その理由は仕事の効率が低くなるから、もしくは「上司や同僚が取っていないから取りづらい」からだ。夏休みはお盆休みの1週間が多い。だから、お盆休みは旅行代金が高騰する。大型連休(GW)も正月休みも同様だ。それは当然だ。その時期に集中するから。

 このような短期休暇と過度の集中はコロナ時代には適当でない。効率よく観光や帰省を済まそうとするから「密」が起こる。コロナ時代は分散が基本。だからスロー観光が鍵となる。

 ▽ライフワークバランスの良さ

 スローで滞在型の観光は仕事の効率も下げる。そのような反論もあろう。しかし、筆者は長くドイツに居住し勤務していた経験から、それは誤解と説明できる。

 ドイツ人の夏期休暇は長い人で6週間。大概が1か月だ。この時期に連絡しても不在で連絡が取れない。クリスマス休暇もやはり長い。仕事にならないのでこれらの時期は避けることは織り込み済みで仕事をする。平日も、8時から仕事を開始する人が多く、4時過ぎから仕事も片づけに入る。その分、日中は集中して仕事をする。大概が家は近いので5時過ぎには家に居る。アフターワークは庭の手入れや、食事の準備、子供の習い事の送り迎えをし、家族の時間になる。金曜日ともなると朝から話題は週末のことだ。金曜日の2時過ぎに連絡しても相手はいないし、この時間以降にミーティングをセッティングすることは「無粋」だ。学校の夏休みは州により休暇が分散されていて集中を回避している。大概が6月末から始まるが、この時期では同僚との会話は「休暇はどうするの?」「休暇はどうだった?」だ。これだけ休んでいても、ドイツ人の生産性はOECD(経済協力開発機構)加盟国平均より高い。きっちり休むため、リフレッシュして仕事に戻れる。

10連休となるゴールデンウイークが始まり、にぎわうJRユニバーサルシティ駅前=2019年4月27日、大阪市

 ▽持続可能な観光地のつくり方

 今必要なのは、人が集中しない、効率の良さを求めないスロー観光だ。そして、そのための持続可能な観光地づくりだ。

 昭和から平成には効率が求められ、短時間に体験できる「箱物観光」がもてはやされた。例えば、テーマパーク、大型バスでの観光だ。でもコロナ時代には、それは「密」を起こしてしまう。また、台風の巨大化で、雨風や洪水による保守のコストも高い。

 災害時代でも楽しめるのは、自然と共生でき、復旧がさほど困難ではなく、場合によっては復旧する必要もないような観光資源だ。それはつまり、今ある自然をできるだけ原形に近い状態で活用できるようなものだろう。

 話を新潟県湯沢町に戻そう。ここはバブル期にマンションが乱立し、ピンクや水色のマンションが立ち並び、主に首都圏の人が部屋を所有していたため「東京都湯沢町」と揶揄された。1990年代のバブル崩壊を経て、価格が下落。今は一室当たり、60万円程度でも売り出されている。これも業者による乱開発を許し、「開発」つまり、自然を破壊することで観光を推進してきたことの反動だ。

 ただ、谷川岳のふもとにあり水と緑が豊かな湯沢町は、都会から近いのに豊かな観光資源が今もあふれている。定年後の人たちが、畑仕事、ゴルフ、スキー、川釣り、山登りを楽しみに2拠点生活したり、移住したりしている。仕事をするインフラはそこそこあり、新幹線、関越道が通っているためすぐに首都圏に戻れることも魅力だ。

 確かに湯沢町のインバウンドの需要は蒸発したかもしれない。が、この町には滞在型、定住型ワーケーションの拠点としての可能性がある。プールや温泉付きマンションがそれだけ安価なら若者でも手が出る。実際、20代、30代の釣り好き、山好きが最近は週末を過ごすために買っているようだ。都会で高い賃貸料を払うより、少し我慢してでも週末を充実させたいと、住居への価値観が変化している。これまでは週末の客を相手にしていたホテルや旅館も、ヨーロッパのように週貸しか月貸しで、リゾート滞在型の需要を見込める。一日当たりの客単価は小さいかもしれないが滞在期間が長いために地元にお金が落ちる。

 ▽「箱物観光」から離れられない地方自治体

 問題は、コロナ時代の価値観と需要の変化を、地元の自治体が理解し、観光戦略に組み入れられているかという点だ。周りの環境が変化したのであれば、環境に適応するように戦略を修正、変化させることが生存のための戦略だ。観光業でも基本の考え方だが、戦略を見直し再定義することなく「そのまま」続けるのであれば出口は見えず、破たんする。

遊歩道の工事現場

 そんな中、適応不全を具現するような、湯沢町で進行中の開発計画を聞き、耳を疑った。人通りがなく「クマ出没注意」と注意書きがある魚野川の河原に、アスファルトで固めた「遊歩道」を作る計画があるのだという。現在、工事が進められている。駅から車で10分のところだ。

 筆者も現場を見た。ここは水の流れが急で、水難事故が多発する場所だそうだ。2年前には東京から来た高校生が溺死した。以前はお地蔵さんがあって、先人の知恵から死亡事故を警告していた場所だと聞いた。一方、この位置から3分ほど歩いた場所には、流れが緩やかで岩から川へ飛び込みまでができる深い「たまり」があり、人気スポットで多くの観光客や地元の若者が水遊びをしていた。駐車場には首都圏を含め各地から口コミで集まった車が停まっている。キャンピングカーも見える。

 にもかかわらず、なぜ危険な場所に、あえて観光客を川に誘引するような遊歩道を作るのか。仮想の観光客を呼び込むために、人が通らない「遊歩道」を、保守が簡単な(つまり安い)アスファルト材で作る。これは「箱物観光」「開発」の考えから脱却できないからであり、新しい環境に適合する観光戦略が欠乏しているからではないか。

 自然はいったん壊すと元に戻らない。美しい森の中に、夏は照り返しも暑いアスファルトで固めた道を作るという考え方は持続的なのだろうか。どのような観光客が来るのだろうか。もしもの際の責任は?

 「箱物観光」や「インバウンド」といった、昭和・平成的観光戦略を変えようとしないことに問題があるのではないか。インバウンドが大きかったからこそ、逆に、大きな投資をすることが是の「箱物観光」からの脱却が遅れてしまった。

 コロナ共生時代という、突然の環境変化を分析すれば、新しい環境に適合し、長期的に優位に立てる観光オプションはある。大きな転換期にある今、日本の観光のありかたを取り巻く新しい環境を正視しないことが「観光苦境」から抜け出せない構図にあるように思えてならない。

魚野川の「たまり」で遊ぶ子どもたち

 何もないことこそが観光の財産だ。エメラルド色が美しい魚野川の「たまり」では子供から大人までが水遊びを楽しんでいる。河原には色とりどりのテントが張られ、都会でのマスク着用から解放され、大人はゆっくりとビールを飲み、小さな子どもは楽しそうに走り回っている。効率的に楽しめる箱物を作ることが前提の時代から、スロー観光への転換をこの光景がなによりも物語っている。

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