圧勝の勢い「菅首相」に死角はないか 派閥主導「古い自民党」に先祖返り

By 内田恭司

定例の記者会見で笑顔を見せる菅官房長官=3日、首相官邸

 自民党総裁選(8日告示、14日投開票)は、党内5派閥が推す菅義偉官房長官が出馬表明し、早くも圧勝の勢いとなった。派閥の力学で後継首相が事実上決まることを疑問視する声は多いが、永田町の関心はもはや、新政権の布陣や衆院解散の時期に移っている。派閥主導に先祖返りした「菅政権」で本当にいいのか。安倍政権の中枢にいた菅氏に「死角」はないのだろうか。(共同通信=内田恭司)

 ▽「四人組」の思惑

 菅氏と岸田文雄政調会長、石破茂元幹事長の3氏が争う構図が固まった総裁選。安倍晋三首相の出身母体で最大派閥の細田派(98人)と麻生派、竹下派(共に54人)、二階派(47人)、石原派(11人)の5派が菅氏支持を決め、勝敗は既に決した観がある。菅氏を支援する無派閥議員も加わり、単純計算で国会議員票394の7割以上を抑えた格好だ。

 今回の総裁選は党員・党友投票を省くため、地方票は各都道府県連に3票ずつの計141票だ。地方に人気の石破氏が過半の票を集めたとしても、合計で菅氏を上回るには国会議員票を切り崩すしかないが、まず不可能だろう。

記者会見で政策を発表する石破元幹事長=4日、東京都千代田区

 なぜここまで優勢になったのか。官房長官としての実績や改元時に「令和おじさん」として知名度を高めたこともあるが、「今のポジジョンを保ちたい安倍政権の主流派が菅氏を押し立て、一気に優位に持っていった」(党関係者)ことが大きい。

 8月中旬以降、首相が持病である潰瘍性大腸炎の悪化で、辞任の可能性が現実味を増すと「二階俊博幹事長や麻生太郎副総理兼財務相らが水面下で動き、首相の意もくみながら菅氏擁立の流れをつくった」(同)という。

 首相の意中はもともと岸田氏だった。麻生氏も同調していたが、菅、二階両氏は、発信力と政局観に乏しいとして岸田氏の首相後継には否定的だった。首相と麻生氏としては、ここで岸田氏にこだわった場合、菅、二階両氏を石破氏擁立に走らせかねない。嫌悪する石破氏に政権を渡すくらいなら、菅氏を後継にした方が権力構造を維持できる―。

 首相、麻生、菅、二階の「四人組」の思惑が一致。首相の辞意表明のわずか2日後、8月30日には菅氏が岸田、石破両氏を圧倒する方向になっていた。

 石破氏は、菅氏の出馬はないと踏み、二階氏に接近することで活路を見いだそうとしていたが、逆に首相を菅氏側に引き寄せるための「当て馬」にされた形となった。岸田氏は細田、麻生両派の支持獲得を基本戦略にしたものの、はしごを外された。

岸田派会合で総裁選出馬を表明した岸田政調会長=1日午後、東京・永田町

 ▽河野、小泉両氏の官邸入りも

 菅政権誕生を織り込み、永田町では早くも人事を巡る派閥間の主導権争いが始まっている。2日に細田、竹下、麻生3派会長がそろって記者会見をしたのは、党三役を分け合おうとする動きとも受け止められている。細田派が幹事長狙いなのは明白だ。

 一方、二階氏と麻生氏が「政権の継続性」を理由に幹事長と財務相に留任し、正副官房長官に河野太郎防衛相と小泉進次郎環境相を抜てきするともささやかれる。河野、小泉両氏はともに菅氏と同じ党神奈川県連所属で、菅氏に近いと見られている。人気の高い2人を「政権の二枚看板」に据え、政権の発信力を強化する狙いだ。

 菅政権は当面、安倍首相の残り任期である来年9月までの「暫定政権」と受け止められている。2人の要職起用は「ポスト菅」までも見据える。また、二階、麻生両氏が今回、潔く退き、どちらかが衆院議長に就くという「構想」もあるようだ。

 早期の衆院解散・総選挙も取り沙汰されている。共同通信社が8月末に行った世論調査では、内閣支持率が56・9%と、1週間前の調査に比べて20ポイント以上も上昇。安倍政権7年8カ月への肯定的な評価を印象づけた。自民党の支持率も45・8%で、同じく13ポイント近くアップした。

 この結果を見れば「新政権誕生のご祝儀相場で支持率がさらに上がれば、解散は近い」(立憲民主党ベテラン議員)との見方が永田町に広まるのは当然だ。東京都内で公明党議員が街頭演説を始めたとの情報も、臆測に拍車を掛ける。

 立憲民主党は9月15日に、国民民主党との合流新党を立ち上げるが、小選挙区が重なる議員同士の選挙区調整はこれから。候補者擁立ができていない空白区も多い。野党は、立民と共産党による野党共闘勢力、合流しない議員による新党、日本維新の会、れいわ新選組に分かれ、次期衆院選も多党乱立となる可能性が高い。

 菅氏陣営では「今は非常時だ」として、新型コロナウイルス対応や経済回復に注力すべきだとの声が根強い。ベースにあるのは来年9月の自民党総裁選で暫定政権から脱皮し、本格政権を立ち上げ、総選挙に臨むという戦略だ。ただ勝てる保証はない。今秋の衆院選で勝利すれば「長期政権の足場を築ける」(自民党中堅)だけに、菅氏も解散の可能性を探ろうとするのは間違いない。

 菅氏は3日のフジテレビ番組で、解散はコロナ感染の収束次第だと語り、観測気球を上げてみせた。ちまたで言われる「10月13日公示、25日投開票」に向け、9月27日の公明党大会後の解散はありうるとの見方が、じわりと強まった。

辞意を表明した記者会見を終え、引き揚げる安倍首相=8月28日、首相官邸

 ▽「ダーティーワークの中心」

 菅政権になれば、これまでの政策が当面維持されると市場は好感し、8月31日の日経平均株価は一時400円以上も上昇した。だが、懸念がないわけではない。

 一つは、今回の決定の仕方だ。安倍政権の一部有力者だけで菅氏擁立の流れをつくり、党員・党友投票によらず派閥の力学で新政権を誕生させる手法は、2000年に森喜朗首相を生んだ「五人組」による「密室談合」をほうふつとさせる。「古い自民党」と批判を浴びた森内閣は低空飛行を続け、わずか1年で退陣に追い込まれた。

 今回の総裁選では47都道府県連の多くで、誰に投票するかを決める「予備選」が行われる見通しだ。その結果を候補者ごとに記名数で集計し、党員・党友投票を実施した場合の獲得票数を計算すれば、石破氏が善戦しそうだ。予備選における各候補の票数は公表されない見通しだが、菅氏との票差が大きければ民意との乖離(かいり)も大きいことになり、菅政権の正統性は揺らぐことになる。 

 菅氏が安倍政権の「ダーティーワークの中心」(立民関係者)にいたことも懸念材料だ。森友・加計問題に関する公文書の廃棄や「桜を見る会」の名簿廃棄、検事総長人事への介入を狙ったとされた黒川検事長問題は、首相とともに批判の矢面に立たされた。コロナ対応では、観光支援事業「Go Toトラベル」を主導したのが菅氏だ。

 昨年9月の内閣改造で就任した腹心の河井克行法相と菅原一秀経済産業相は、その後不祥事で閣僚を辞任。河井氏に至っては、選挙違反事件で夫婦そろって東京地検特捜部に逮捕され、被告の身となった。腹心2人に対する菅氏の政治的責任は問われないままだ。

 カジノを中核とする統合型リゾート(IR)を巡る汚職事件に関し、秋元司衆院議員が8月20日、東京地検特捜部に再逮捕された。IR構想は安倍政権の「目玉」として菅氏が推進してきただけに、自民党内には再逮捕を不安視する声もある。

 ▽「党高政低」

 政策面では、菅氏は外交経験がほとんどない。深刻化する米中対立にどこまで対応できるかは未知数だ。仮にトランプ米大統領が再選した場合、安倍首相と同様「蜜月」関係を築けるのだろうか。事実上白紙となった習近平中国国家主席の来日問題は、米中対立もあり極めて機微な問題となった。ロシア、韓国、北朝鮮対応も喫緊の課題。経済政策も、単にアベノミクスの継承でいいのだろうか。

 無派閥の菅氏は自民党内に十分な政治的基盤がない。菅氏擁立が主要派閥の主導で進んだだけに、「安倍1強」時代とは打って変わり、「菅政権」のパワーバランスは「党高政低」になりそうだ。経済政策にしろ、外交にしろ、政策を独自に遂行できる余地が限られれば、政権は早晩行き詰まりかねない危険性をはらむ。

 「菅政権」の誕生を見据え、野党は「臨時国会で徹底的に追及する」(立民幹部)と手ぐすね引いて待つ。「暫定政権」の衣を脱いで本格政権に脱皮できるか、馬脚を現して政権運営が苦しくなるか。判明するまで、そう遠くはないだろう。

自民党本部での会合で発言する二階幹事長=9月2日

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