チェーホフの憂い

 ロシアの文豪チェーホフの戯曲で1899年に初演された「ワーニャおじさん」には、作家自身を投影したと思われる医者アーストロフが登場する▲アーストロフは森林破壊による環境悪化を憂い、植林に情熱を注いでいる。「人は創らずに壊してばかりいる。森はどんどん減り、河は枯れ、野鳥は絶滅、気候は悪化し、大地は日に日に貧しく醜くなっている」と嘆く▲チェーホフもモスクワ郊外に買った土地で植林に取り組んだ。欧州の科学者たちは19世紀半ばから、温室効果ガスにより地球温暖化が進む可能性を指摘していた。医者でもあったチェーホフは未来の人類を心配していたはずだ▲心配的中というべきか。今年は日本南部海域の水温が熱帯並みの約30度に達し、台風に大量の水蒸気を送り込んでエネルギー源になっている。背景には温暖化があるに違いない▲台風9号が県内に爪痕を残して去ったばかりなのに、すぐ10号がやって来た。「過去最強クラスの勢力」というから怖い。早めに備えや避難を済ませた人も多かろう。被害が出ないよう祈るばかりだ▲アーストロフは「千年後の人間が幸せになれば」と願い「気候だっていくらかは僕の力で左右できる」と信じて木を植える。天国のチェーホフもわれわれの無事を祈っているのではあるまいか。(潤)

 


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