歌手としての原田知世、主演女優の冠を外した実質的デビューシングル 1986年 3月5日 原田知世のシングル「どうしてますか」がリリースされた日

映画やドラマの主題歌ではない初のシングル「どうしてますか」

リマインダー世代にとって原田知世といえば、1983年に初主演した映画『時をかける少女』と、1987年に一世を風靡した映画『私をスキーに連れてって』の印象が強い。リマインダーでもカタリベの指南役さんが『予期せぬ感動!時をかける少女 ― スクリーンで歌う可憐な少女・原田知世』で映画をアツく語っているが、角川映画の新人オーディションで特別賞を受賞して1982年に14歳で芸能界に入り、角川三人娘の末っ子としてテレビドラマや映画で活躍したシンデレラストーリーは、あまりにも有名だ。

また、先輩の薬師丸ひろ子と同じく主演映画の主題歌を自ら歌い次々とヒットさせ、角川事務所から独立した80年代後半には、主演した『私をスキーに連れてって』の大ヒットでスキーブームを牽引。スキーを始める若者が続出する社会現象を引き起こした。一方で、この時期に音楽活動を本格化させたことは、あまり目立ってないように思える。

…と前置きが長くなったが、今回レビューするのは、映画やドラマの主題歌ではない初のシングル曲として1986年3月5日に発売された「どうしてますか」(作曲:林哲司、作詞:田口俊、編曲:大村雅朗)である。

原田にとって8枚目のシングルで、自ら出演した日本生命のCMソングとしてTVで流れたので、聴けば思い出す人も多いはず。そして、この曲が心に刺さり、その傷跡がうずくように聴き返しているのが、当時大学生だった私である。

前作の「早春物語」までは、音楽よりも映画やドラマが原田の主戦場だった。しかし本作は、CMとタイアップはしたが、歌手として真価を問われる一作。映画の冠を外した曲を出す原田の心境はどんなだったか。そんな不安を抱えて発売された「どうしてますか」は、前作より売上は落ちたがオリコンで最高7位、10万枚のセールスを記録した。歌手・原田知世の実質デビューは、まず成功を収めたと言っていいだろう。

曲の魅力は3つ。歌詞、メロディー、そして歌声

さて、この曲の魅力は3つある。歌詞、メロディー、そして歌声だ。この3つが絶妙にマッチして、少女の心情を鮮やかに描写している。いや、切なさが眼前に迫る魔力を感じる。まずは、想像を激しくかき立てる歌詞から。1番のAメロを引用する。

 春色の去年の服  ポケットに去年の恋  買ったまま乗らなかった  白い切符 サヨナラの日付け

曲のテーマは、ある女子学生による恋の回想だ。私の想像を加えて読み解くと、高校卒業後に進学して離れ離れになった年上の彼を、1年経った春先に突然思い出す。それは、服のポケットに去年しまったまま忘れていた切符が出てきたからだ。切符の日付は、彼が遠方に旅立った日。最後に彼に会おうと彼の家に行く電車の切符を買ったが、彼女は乗らなかった。いや乗れなかった。その彼は、進学か恋か悩んだ末に進学を選ぶ。そして遠距離恋愛はできないと判断し、付き合っていた彼女と別れる決断をする。しかし彼女は、彼から別れを告げられると何も言えなくなり、泣いて物別れしてしまう。それ以来、彼とは口も聞かず、ついに彼が旅立つ日が来る。そして、彼と最後に会う機会も自ら放棄する。

…と、ありがちな物語が思い浮かぶが、切符を買ったのに電車に乗らなかったという歌詞からは、揺れ動く彼女の心が伝わってくる。そして、彼女は変化に気付く。1番のサビを引用する。

 Remember you  花吹雪舞う 陽炎の径  …どうしてますか  あなたを愛していたこと 悩んでたこと  やっと笑顔で思い出せる

「どうしてますか?」という問いが自然に湧き上がってきた時、彼女は気付く。彼との日々が思い出に変わり、笑顔で思い出せるようになったことを。それは、1年という時間が彼女の意固地な心を溶かし、彼に対するモヤモヤが払拭された瞬間だった。しかし、笑顔で彼を思い出せた彼女は、彼との日々はもう戻らない事実を受け止めざるを得ない。ここに強烈な切なさを感じるのだ。

最大の魅力は、過去が思い出に変わる “切なさ”

そして2番でも回想は続く。急行の通過待ちの描写が印象的だ。

 あの頃は あなたの駅  訪ねたの 指を折って  急行の通過待ちが  いつも とても もどかしかったの

彼が住む駅まであと幾つと指を折って数えた自分。早く急行が通過してほしいと願う自分。そして最後に、彼に感謝を伝えられなかった自分に気付く。

 ありがとう  素直にそんな一言  言えないほど子供すぎた

 Remember you  ふいに涙があふれてきたの  …どうしてますか  あなたと二人歩いた この坂道を  そよ風だけが追いこしてゆく

この涙は、1年前に彼女が流した涙とは性質が異なる。彼と別れるのが嫌で流した涙ではない。彼と過ごした日々が思い出に変わったことが “切なくて” 流れた涙なのだ。それは「そよ風だけが追いこしてゆく」の描写でもわかる。彼がいない事実を受け止めたからこそ、そこにはそよ風しか吹いてないことに気付けたのだ。こうした過去が思い出に変わる切なさが、この曲最大の魅力である。私はこのことを、1年どころか30年以上の時を経て、やっと気付くことができた。

原田知世にとって1986年は歌手元年、全国ツアーもスタート

また、歌詞を載せたメロディーも切なさを増幅させている。曲調はロックっぽい長調だが、サビの直前で突然短調に変わりサビへ突入する。この急激なメロディーラインの変化が、子供だった自分に気付いて彼を思い出す彼女の心とピタリ重なるのだ。だから聴く側も、歌詞の中の彼女と同じ心境になり、強烈な切なさがこみ上げてくる。

そして何より、原田の等身大の歌声が歌詞の中の彼女を彷彿とさせる。この時、原田は18歳。少したどたどしい少女の歌声が、サビでは少し意志がこもる。まるで、大人の片鱗を垣間見せるように。そして、角川映画で主演が続いた過去と決別するかのように。それは、歌詞のラストでもわかる。

 あなたに愛されたこと知り合えたこと  今は誇れるそしてずっと…

歌詞の中の彼女は、彼との思い出を誇りへと変換し、大人への道を歩み出した。そして原田自身も、主演映画で定着した少女像から脱しようとしていた。

なお、原田にとって1986年は、立て続けに3枚のシングルを発表して全国ツアーを行った歌手元年。その第一弾の「どうしてますか」は、歌手・原田知世への転換点となった。そして、3ヶ月後に発売された次作「雨のプラネタリウム」からは、当時、おニャン子クラブを手掛け人気だった秋元康と後藤次利を制作陣に迎え、大人っぽい都会的な歌詞とメロディーの楽曲に転向する。その意味で、高校卒業前の回想シーンを描いたこの曲は、原田知世が少女だった時代のラストを飾る節目の佳曲としても評価できるだろう。

カタリベ: こすもす街道

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