菅総裁、誕生

 作家、文芸評論家の丸谷才一さんは、スピーチの名手として知られた。失言をしないためには原稿を用意することだ、とエッセーに書いている。原稿がないと、聞く人に受けようと焦る心が失言を招くという▲政策の討論会では手元のメモに視線を落とし、慎重に物を言う姿が目についた。とにかく安全運転で-と、自民党総裁選を戦った菅義偉氏は自ら“失言封じ”に徹したらしい▲ご当人が頼み込んだわけではないというが、党内の5派閥の支持を得て、菅氏が予想にたがわず岸田文雄氏、石破茂氏に圧勝し、新総裁に選ばれた。あす菅内閣が発足する▲現職の首相がいきなり退陣表明し、官房長官という首相の“そば仕え”を大勢で担ぎ上げた。みこしの上で現政権の継承を訴えた人は、口を滑らせ、足並みが乱れることのないよう細心の注意を払ったに違いない▲きのうは早速、国民のために働く内閣をつくると語り、改革に意欲的な人物を登用すると言い切った。身一つのたたき上げであり、無派閥であり、前例主義を打ち破ると誓う人が発した“肉声”だろうか▲かたや「担いだ側」は、わが派閥からの内閣、党のポストを求め、恩返しを待っている。原稿を読み上げるようにはいかない局面をどう収めるか。筋書き通りにいった総裁選の先に、筋書きはない。(徹)

 


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