「100メートル先のコンビニに行くのをあきらめる」――そんな世界を想像したことがあるだろうか?
人にとっての移動とは、生活そのものである。道にある数センチの段差を乗り越えられる、方向転換がたやすくできる。快適に移動ができることで、世界が広がる人たちがいる。
「100メートル先の移動をあきらめる」人たちのために、新しい移動を目指すすべての人のために、活動する会社。2012年5月に設立されたパーソナルモビリティの開発・販売を行っているWHILLだ。
2016年12月には「羽田空港ロボット実験プロジェクト 2016」で「WHILL Model A」にパナソニックの衝突防止機能を搭載した「WHILL NEXT」が移動支援ロボットとして実証実験に活用された。羽田空港内で利用者を目的地まで自立走行して運ぶ取り組みだ。
次々と車いすの概念を打ち破るWHILL Inc. のCEO、杉江 理氏に話を伺った。
[LIGARE vol.36 (2017.11.30発行) より記事を再構成]
「いすに見せない」電動車いす
WHILLは2014年に電動車いす「WHILL Model A」、2017年4月には「WHILL Model C」を発売している。デザインコンセプトは「いすに見えないこと」。 “いすに座る”姿勢ではなく、クルマやバイクに乗っているときのように両手を前に出してハンドルを握る姿勢をとるのが特徴だという。座ったままの移動ではなく、乗り物に乗っているときのように、操縦しているような姿勢で移動ができる。
使う人に寄り添った機能
国内で販売されている「WHILL Model A」は前輪に24個の小さなタイヤからなるオムニホイール(全方位タイヤ)と四輪駆動を採用。最大で7.5cmの段差の乗り越えることができるという。また、最小回転半径が70cmで狭い場所でも方向転換がしやすい。対応アプリで速度や加速度の設定が可能で、リモートコントロール機能で車体に触れずに移動することもできる。
最新モデルの「WHILL Model C」は日本で初めて
3G通信モジュールを搭載しているという。サポートサービス「WHILL Smart Care」加入者は、「スマート診断」でバッテリーの残量や発生したエラーなどの情報を遠隔から確認できるという。
(※WHILL調べ)
さらに、人工知能により新たな価値を提供するために不可欠なのは「コネクティッド技術」と「ビッグデータ」であると述べ、2020年までには日米でほぼ全ての乗用車に「データ・コミュニケーション・モジュール(DCM)」を搭載し、クラウド上にあるトヨタの「モビリティ・サービス・プラットフォーム」につなげていくとの方針を示した。
WHILL Model C
2017年度グッドデザイン賞受賞。デザインと省スペースのクルマのトランクにも分解して車載できる機能、 着せ替えができる6色のカラーバリ エーションの外装 などが評価された。
すべての人の移動のために
――今回のモーターショー、国際福祉機器展でのコンセプトについて教えてください。
モーターショーでのコンセプトは、モデルシーンの拡張です。Model Cというデバイスを生かして自動運転やデータトラッキングなどができます。モーターショーの方がどちらかといえばテクノロジー目線なので、最先端の技術を出すのにふさわしい場です。国際福祉機器展はリーズナブルさなど、ユーザー目線でコンセプトを設定しています。
――人の移動データを取るなど、電動車いすから派生してコネクテッドなことを行おうと思われたきっかけは何でしょうか。
すべての人の移動を楽しくスマートにするにはどうしたらいいのかということを考えたときに、3つ重要な点があります。1つは、モビリティデバイス自体が実用的でクールなものであるということ。2つ目は、インフラです。階段があるから上れない、入り口がどこか分からない、駐車場がないので車が停められないというように、インフラを整えない限り、どんなにいいハードを作っても意味がないと思っています。3つ目は、グローバルです。規制の壁、国や人それぞれの価値観があるので、日本にこだわらずにテクノロジーやサービスが受け入れられやすい場所を選べばいいと思っています。
――デバイス側でいえば、通信機能をつけたり、自動化したりされていますが、今後どのように展開されていきますか。
自動化の部分で言えば、空港でお客様を送った後に車いすだけ自動で戻ってくる機能や人や物にぶつからないようにする機能があれば、空港側もオペレーションコストの削減になります。通信の面でいえば、個人で購入されたお客様には「WHILL smart care」というサポートがあるので、バッテリーの残量や消耗度を見ることができます。
――人工知能なども搭載すれば、もっと可能性は広がるでしょうか。
面白いかもしれませんね。自分ひとりではなく、他のプレイヤーと一緒に行いたいと思います。
WHILL Model A
最初に製品化されたModel A。2014年に発売された。2015年度のグッドデザイン大賞を受賞している。
多くのプレイヤーを巻き込んでいく力
――WHILLは他のプレイヤーを巻き込むのが上手だという印象を受けますが、実際どのように巻き込んでいるのでしょうか。
歩道は未開拓の分野です。歩道を使って通信機器を載せてみようというディペロッパーキットの役割を果たしていると思っています。ディペロッパーが改造できるようにしているので、重宝されるのではないでしょうか。
2020年のパラリンピックに向けてホットな領域だということと、それに見合ったデバイスをカスタマイズできるというモビリティプラットフォームを持っているということで、多くのプレイヤーを巻き込むことができています。
――大企業に対してのオープンイノーベーションが成功していますが、エンジニアに向けての研修やトレーニングはされているのでしょうか?
大企業側にとってはすごくリスクがあることも、ベンチャー企業である私たちにはできることがたくさんあります。大企業では難しい「やんちゃなこと」は私たちを利用して実行していただければいいと思っています。それが大企業とベンチャーのスタンスで、お互いwin-winの関係になれるのではないでしょうか。その分きちんとお互いのポジショニング、立ち位置を理解しておく必要があります。カルチャー的に言うとWHILLは大企業出身の社員が多く、社内での意思決定に時間がかかるなど、大企業の社内システムを理解しているので、親和性があるのではないでしょうか。