F1 Topic:メルセデスF1買収の噂。かつて英国一の大富豪と言われたイネオス創業者の動向が背景に

 2020年F1第9戦トスカーナGPのレース後に行われたメルセデスのトト・ウォルフ代表の記者会見では、今シーズン7勝目を挙げたレースよりも、別の話題に注目が集まった。それは、メルセデスが世界的な化学会社であるイネオスにチームを売却するという報道についてだ。

 その報道は、トスカーナGPのレース前日の9月12日(土)にイギリスのデイリー・メール紙が、元F1ドライバーのエディ・ジョーダンの証言を元にして伝えたものだ。

 しかし、トト・ウォルフ代表は「それらの報道は不確かな情報に基づく推測にすぎない」と否定し、こう続けた。

「一部の人々が根拠のない情報をつかまされ、ストーリーを書いているだけだ。われわれはイネオスと良好な関係を築いているが、ダイムラーはチームを売却するつもりはなく、イネオスもまたF1のチームオーナーになって、企業としてF1に参戦することはない。さらに私も個人としては保有しているチームの株式を手放すこともない」

2020年F1第7戦ベルギーGP トト・ウォルフ(メルセデス チーム代表)

 現在、メルセデスのF1チームとしての株式は、親会社のダイムラーが60%、チーム代表のトト・ヴォルフが30%、残りの10%は故ニキ・ラウダの不動産会社が所有していると言われている。

 デイリー・メール紙によれば、イネオスはメルセデスの全株式の70%を購入し、チームを買収するという。つまり、ダイムラーの60%と不動産会社が所有している10%を購入するものと考えられる。

 これが単なる憶測ではなく、デイリー・メール紙が伝えるほどのニュースとなった背景には、イネオスの最近の動向が関係している。

 イネオスとは、事業買収を行って急成長した化学会社で、2006年はBPの石油精製・化学製品部門を買収して世界的なニュースとなった。そのイネオスが一般の人々の注目を集めるようになっているのは、イネオスの創業者でイギリスでナンバーワンの大富豪となったジム・ラットクリフが、事業買収で得た莫大な利益を次々とスポーツへ注ぎ込んでいるからだ。

 2018年には“海のF1”とも称されるヨットレースの『アメリカズカップ』に出場するために『イネオス・チームUK』を結成。2019年には自転車競技のイギリスチームである『チーム・スカイ』を買収し、『チーム・イネオス』(その後、『イネオス・グレナディアス』に改名)になったことはイギリスのスポーツ界でも話題となった。

 興味深いのは、この『イネオス・チームUK』と『イネオス・グレナディアス』に、メルセデスが技術支援を行っているということ。つまり、ヨットと自転車の世界はF1とは逆で、今後はF1もイネオスがチームオーナーとなって、それにメルセデスが技術支援を行うという形でチームが再スタートを切るのではないかという噂が消えない。

 ただし、イネオスによるメルセデス買収には障害が2つある。

 ひとつはイネオスの株価はピークだった昨年から大きく下落し、ラットクリフはもはやイギリスで一番の億万長者ではなくなっていること。もうひとつは、イネオスが行っているシェールガスの採掘方法が自然破壊につながっているとして環境団体から抗議を受け、イギリスでは嫌われ者のレッテルが貼られていることだ。

 果たして、イネオスによるメルセデス買収は根拠のないでっち上げなのか。あるいはエディ・ジョーダンがデイリー・メールに漏らした情報は真実なのか。そして、その答えはいつわかるのか。タイトル争いで独走するメルセデスのコース外の戦いにも注目したい。

メルセデスの2020年型マシン『W11』には、インダクションポッドをはじめ、リヤウイングの裏側、フロントウイングのエンドプレート内側などにイネオスのロゴが掲載され、一部にはレッドがあしらわれている

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