【中原中也 詩の栞】 No.18 「詩人は辛い」(『四季』昭和10年11月号)

私はもう歌なぞ歌はない
誰が歌なぞ歌ふものか

みんな歌なぞ聴いてはゐない
聴いてるやうなふりだけはする

みんなたゞ冷たい心を持つてゐて
歌なぞどうだつたつてかまはないのだ

それなのに聴いてるやうなふりはする
そして盛んに拍手を送る

拍手を送るからもう一つ歌はうとすると
もう沢山といつた顔

私はもう歌なぞ歌はない
こんな御都合な世の中に歌なぞ歌はない

           ―一九三五・九・一九―

【ひとことコラム】自作の題名の多くに「歌」という言葉を用いた中也にとって、「歌う」ことは詩人としての真剣な営みでした。この詩は十代の若者に人気があるのですが、少し拗ねたような詩人の本音が可愛く見えるからでしょうか、「みんな」の姿に身近な大人たちを重ねるからでしょうか。

中原中也記念館館長 中原 豊

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