「団結小屋」の変わらぬ日常 石木ダム全用地収用 あす1年【ルポ】

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団結小屋で過ごす岩永さん。現在も週3回通い、ダム反対の姿勢を示している=16日午前9時27分、川棚町

 たわわに実った稲穂を小雨がぬらしていた。16日午前8時。県と佐世保市が計画する石木ダムの水没予定地、東彼川棚町川原地区。今年も変わらずに育てている作物は、ここで暮らす住民の無言の意思表示に見えた。
 集落を走る県道を住民の岩永サカエさん(80)が歩いてきた。右手でつえをつき、左手に傘を差し、ゆっくり、ゆっくり。向かう先は通称「団結小屋」。ダム本体の建設予定地に40年以上前から建つ反対運動の象徴だ。
 住民の多くは県が進める付け替え道路工事現場で抗議の座り込みをしているが、サカエさんは週に3回、午前中を小屋で過ごす。
 「きょうはマツさん来られんとやろ」。同8時半を過ぎた時計に目をやり、サカエさんはつぶやいた。10年前は5、6人いた常連は、病気になったり、亡くなったりして、今は集落の最年長、松本マツさん(93)と2人きり。
 県が付け替え道路に着工したのは10年前。住民らの激しい抵抗を受けながらも少しずつ工事は進み、小屋の窓から見える風景は様変わりした。大きく削られた山を見て「私もだんだん弱っていく気のするよ」とため息をついたが、すぐに笑顔に戻った。「怖くはないよ。知事でも、誰でも来るなら来いって気持ちさ」
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 同じころ、佐世保市水道局庁舎の前は通勤する市職員らが行き交っていた。庁舎の電光掲示板には市内の貯水率が示されている。
 水道局のホームページ(HP)にも日々、午前9時時点の貯水率がアップされる。市内の六つのダムの平均値を示し、平均値は各ダムの監視システムが自動で計測。職員が午後の早い内にHPを更新している。
 同市は「慢性的な水不足」に悩まされており、貯水率への市民の関心は高いという。午後2時ごろ。担当する男性職員がこの日の数字「96.0%」を打ち込んだ。「更新が遅れると市民から心配する声も出る。大切な仕事」。男性職員は言った。
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 東彼川棚町に計画されている石木ダム建設事業。事業主体の県と佐世保市が土地収用法に基づき、反対住民13世帯の宅地を含む全用地を取得してから20日で1年を迎える。変わらぬ日常を送る住民、事業を推進する県、水を求める市民、洪水の記憶を消せぬ町民-。16日、各地を歩き、思いに触れた。

◎知事「理解を求め推進」

 16日の県議会一般質問。登壇した議員が「全国各地で豪雨災害が頻発し、川棚川流域で起きてもおかしくない。1日でも早く完成すべき」と県側をただした。
 中村法道知事は、反対住民に粘り強く理解を求めていくと説明し「佐世保市や川棚町と協力し、推進に力を注ぐ」と述べた。家屋などを強制的に撤去する「行政代執行」には触れなかった。
 この日の午後、川棚町役場のダム対策室には、建設に反対する県外中心の市民団体メンバーが訪れた。方針転換を求める山口文夫町長宛ての要請書を渡した熊本県の土森武友さん(59)は「町民である川原地区の暮らしを守る立場に立ってほしい」。対応した職員は「計画に協力し移転していただいた方も町民ですから…。町長に渡しておきます」。
 同室によると、昨年8月、約6年ぶりに予定地内にある県の「石木ダム生活相談所」を再開。週1回、県職員と町職員が駐在した。だが、ここは「移転先」などの相談の場。相談者は一切現れず、年末に再び閉まった。

◎川棚町民、町内で話題出さず

 同町の中心部、栄町。この一帯は1990年7月の豪雨で甚大な冠水、浸水被害を受けた地域の一つだ。同町に住む70代男性は「川からも側溝からも水があふれ、一気に家の中に流れ込んできた」と振り返る。それからは大雨が降るたび、近くの川を確認するようになった。
 町内でダムの話を口にすることはない。建設に反対する川原地区の住民の思いも、移転した住民の思いも痛いほど分かるからだ。「なんで川棚にダムを造るって言い出したのか」と男性は言った。
 隣町の80代男性も90年の豪雨被害を経験した一人。「堤防を高くすればダムはいらないと思う。でも、いくら頑張っても最後は造られるのではないか」と複雑な表情を浮かべた。

◎佐世保市民「将来必要だろう」

 利水の受益者である佐世保市は94、95年の大渇水により、計264日間の給水制限を強いられた。市中心部のアーケードを歩いていた70代男性に声を掛けると、当時を思い起こし「(渇水が少ない)『今』だけを見るのではなく、将来を考えると必要なのだろう。現地の人たちには申し訳ないと思うが」。
 20代女性会社員は、普段の生活で水不足を感じることはない。でも「貯水率」は気になる。「80%」を下回ったら危ないと聞くが、それがどれぐらい危機的なのかは分からない。ダムの必要性も「分からない」と首を横に振った。
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夕方、犬の散歩をする川原さん。「この自然の中で暮らし続けたいだけ」と話した。奥に見える山の一部は道路工事により削られていた=川棚町川原地区

 夕暮れ時、建設予定地の川原地区を車で走った。犬の散歩中だった反対住民の川原千枝子さん(72)に「この1年で川原は変わりましたか」と尋ねると、笑顔でこう返ってきた。「何も変わっとらんよ」。午前中は付け替え道路工事現場で座り込みの抗議をした。それもまた、変わらない日常だ。「私はこの自然の中で暮らし続けたいだけ。それだけではだめなんやろうか」。表情が少しだけ曇った。