「何もなければ勝てる自信はある」と可夢偉。一貴はマシンに疑問符【ル・マン24時間決勝プレビュー】

 第88回ル・マン24時間レースは、9月17日木曜日の予選、そして翌18日のハイパーポールを終え、19日14時30分(日本時間21時30分)にスタートが切られる決勝レースのスターティンググリッドが決した。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響により短縮された日程で行なわれている今大会。とくに走行初日となった木曜日は、10時間45分もの走行がほとんどインターバルを設けずに行なわれるハードスケジュールとなった。

 アクシデントが起きた際の修復や、セットアップを外した際の修正に費やせる時間は極めて限られており、また事前のテストデーも行なわれなかったことから、トヨタGAZOO Racingのふたりの日本人ドライバー、7号車の小林可夢偉と8号車の中嶋一貴はともに「走り出しが重要」と事前からコメントしてたが、果たしてこの濃縮されたセッションをどう使ってきたのか。

 ハイパーポール後に行なわれたリモート会見でのふたりの言葉から、予選までの舞台裏と決勝に向けたポイントが見えてきた。

 ハイパーポール終了から3時間後、メディアからの質問に画面の向こうで答える一貴の表情は、どこか曇っていた。何か釈然としないというか、スッキリしないものを抱えている様子である。ハイパーポールで僚友に敗れ、レベリオン1号車の後塵を拝したせいもあるだろう。たが話を聞くと、もう少し根本的な部分で不安を抱えているようだ。

「トラフィックもなく、普通にクルマなりに走ったらあのタイム(3番手)だったので、『これは厳しいな』と思いました」と一貴。可夢偉がマークしたPPタイムからは、1.3秒ほどおくれをとっている。

 なお、一貴は2回目のアウティングで3分16秒090をいったんマークしているが、カーティングコーナーのトラックリミット違反によりこのラップは抹消されている。ただ、このタイムが採用されていたとしても順位は変わらなかった。

「昨日の夜(FP3)からいろいろと……エアロなのか何なのか、ちょっと問題があり、今朝のFP4もそれに全部時間を使っていて、予選に向けてあまり確証がある状態で臨めなかった部分はありました」

 TS050ハイブリッドでは最後となるル・マンの予選で、PPを獲りたい気持ちは以前より大きかったかと問われた一貴は「正直、それを考える余裕がないくらい、昨日からバタバタでした」と明かした。

「ポイントが付くという意味でPPは獲りたかったですが、不確定要素がいろいろと大きくて……。レベリオンの前に行きたかった部分はありますが、いまは予選がどうこうというよりは、ここまでやってきたことを決勝でどう活かしていこうかなっていう方が、(心のなかで)ウエイトを占めています」

 トヨタは前戦スパで、2019/20シーズンにおいて初となるローダウンフォース(ロードラッグ)パッケージの空力を投入しており、ル・マンでその空力がきちんと機能するかどうかを確認することが、走行初日=木曜の主なメニューとなっていた。

 一貴の口から詳細が語られることはなかったが、8号車としてはその部分で想定外の事態が生じているとも考えられる。テストデーがあれば原因をじっくりと分析し、セット変更を試す時間は充分にあった。

 だが2020年の場合、決勝までにセットアップを確認できる機会はもう土曜朝のウォームアップ走行しかない。しかも今回はこのウォームアップがわずか15分へと短縮されている(昨年までは45分間)。

「予選と決勝で、それほど大きくセットアップが変わるわけではない」(一貴)ため、ハイパーポールの時点では7号車の方がマシンが仕上がっているとみるのが妥当だ。果たして3連覇を狙う8号車は、決勝で起死回生となるのか? 7号車とのラップペース差に注目していきたい。

 一方の小林可夢偉には、決勝に向けた緊張感を残しつつも、ひとつ肩の荷が降りたような、ややリラックスした雰囲気が感じられた。

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 タイヤが2セット使用可能なハイパーポールにおいて、最初のセットではまずPPを確実なものとし、状況によっては2回目のアタックで自らのもつコースレコード(3分14秒791/2017年)更新を狙うつもりだったと可夢偉はいう。

「1回目は、クリアラップを取るためにセッション開始前からピットエンドで待つので、タイヤの温度が一度落ちてしまうんです。なので、(1周クールダウンを挟んで)2周のアタックをしました」と可夢偉。

 2周目で3分15秒2をマークしてレベリオンを上回った可夢偉はピットイン。マシンの調子も良く「行けそう」となったことから、2セット目のタイヤを履いてレコード更新を狙いにコースへと戻った。燃料はアタック1周分しか入れなかったという。

「セクター2までコンマ7秒くらい上がってたんですよ。しかもちょっとトラフィックがあった状態で。そう考えるとレコードを破れるチャンスはあったのですが……」

 だがこの周のテルトル・ルージュでホワイトラインカット(トラックリミット違反)があったことがオフィシャルよりすぐに通告され、計測を完了してもタイムが抹消となることが確定したため、可夢偉はアタックを中断してピットへと戻った。

「今回、レコード更新のチャンスが充分にあったけどそれを獲れなかったというのは、自分としては残念。ただ、それだけのパフォーマンスがあるということを、エンジニアや見ている人たちに理解してもらえたのは良かったです」

 決勝に向けたマシンの状態について可夢偉は「僕らも正直、満足いくクルマではない。ただ、そのなかでちょっとずつちょっとずつ良くなっていってて、いま8号車にプレッシャーを与えている状態です」と説明する。

「彼ら(8号車)の方が走り出しが良かったから『ベースがいい』と思い、そこまでいじってなかったんじゃないですかね。で、僕らが調子を上げてきて、プレッシャーを感じ始めて、彷徨いだしてるのかな……という感じはあります」と可夢偉は8号車陣営の現状を分析している。

2020年もトヨタはル・マンにおける“定位置”である最終コーナー寄りにピットを構える。

 走り出しの厳しい状況から、短時間でPPを獲得できるところにまでクルマを仕上げた可夢偉と7号車のクルーたち。「何もなければ勝てる自信は、正直あります」と可夢偉は静かに語る。

「でも、何か起こるのがル・マン。そういうときにどうするのかを考えなければいけません」

 今回のスケジュールならではの懸念ポイントとしては、過密日程による疲労の蓄積が挙げられる。疲労は思わぬミスの原因ともなりかねず、それはドライバーだけでなく、チームスタッフについても言えることだ。

「僕らドライバーでさえ、5時間しか寝てないんです。昨日(木曜)の夜ミーティングが終わったのが2時で、今朝は『8時に集合ね』ですから」と過密スケジュールの実情を訴える可夢偉。

 この件については一貴も「木曜から金曜にかけて、すでに1レースしたくらいの疲れはあります」と語っている。

 例年金曜日は走行はなく、記者会見やパレード等への出席は必要ながらも、330km/hを超えるストレスにさらされることのない1日を、ドライバーは享受することができた。だが、2020年は心身ともに回復にあてられる時間が少ない。

 マシンのセットアップに時間的制約があるだけでなく、ドライバーやスタッフのフィジカル&メンタルも、この2日間で相当に追い込まれた状態となったまま、第88回ル・マン24時間レースは決勝日を迎える。雨も予報されており、いつも以上にタフな24時間が参加者全員を待ち受けている。

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