ラグビーW杯日本大会から1年。今や日本代表の中でも屈指の知名度を誇る人気者となったプロップの稲垣啓太(パナソニック)は、鍛え抜かれた肉体と論理的な思考を武器にW杯8強入りを支え、大会後は「笑わない男」として世間に知られる存在になった。激闘から1年の節目に、楕円球への熱い思いを語った。(共同通信=小海雅史)
―大会から1年がたった。
あっという間だった。W杯の熱量を、そのまま1月開幕のトップリーグ(TL)でまた継続させようというイメージでいて、そのためにTLが始まるまでメディアに出演した。時間の流れが本当に速く感じた。
―コロナ禍で試合ができない時間をどう過ごしたのか。
トレーニングの時間を多く取れた意味でも、非常に忙しかった。今までは試合が続いて、何年も個人トレーニング(に集中するため)の時間がなかった。コロナ禍で、全体練習でラグビーの技術を磨くことはなかなかできず、ラグビーを離れ、本当に体をつくり直そうというイメージで自粛期間を過ごしていた。
―体の変化は。
今年のTL開幕時より3キロほど増えている。それでいて、体脂肪率に上昇はあまり見られない。脂肪を一緒に付けてしまうことは簡単だが、時間が多くあったので、少しずつ筋肉量を増やすことに成功した。試合ができなくなってから、週5回、午前午後のトレーニングを個人でずっと続けてきて、いい方向に体は仕上がっている。
―日本大会を振り返って思い出すことは。
勝った試合はあまり思い出さない。思い出すとすれば負けた南アフリカ戦。相手はマイボールのスクラムで確実に反則を狙ってきた。前半や後半途中までは対応できたが、最後は押し切られてしまった。ラインアウトでも、制空権を奪われてしまった。
―相手の強さを痛感した。
南アフリカが伝統とする圧倒的な体の強さを生かし、セットプレーでプレッシャーをかけてくるスタイルに日本は対応できなかった。マイボールを確実に確保し、相手ボールでは少しでもプレッシャーをかけていけないと、あのスタイルに打ち勝つことはできない。結局勝敗がどこで分かれたかというとセットプレー。自分のポジションにおいては一番重要な部分で、そこで負けたというのが非常に悔しい思いとしてある。
―史上初の8強入りは達成した。
間違いなく、日本ラグビー界にとって大きな歴史は刻んだ。ただ、最終的には負けている。周囲に『ベスト8おめでとう』と言ってもらえる反面で、悔しさはぬぐえない。自分の中でのギャップや葛藤はある。
―「ワンチーム」が話題に。日本代表の文化はどのようにできたのか。
日本開催ということで、好結果が出なければ日本ラグビーは衰退するという意識で取り組んだ。いろんな人種、異文化が集まり、4年間かけてチーム文化をつくり上げていった。よりいいものにするために、選手、スタッフ全員が意見をぶつけ合い、それを幾度となく繰り返してできていったものだった。
―2023年W杯に向けて大事なことは。
衝突を起こさないといけない。なあなあで、傷のなめ合いになっては駄目。何を目標に集まったのかを理解することが大事だと思う。代表に求められているのは、やはり結果になる。結果がついてこなければ、ファンも納得しない。
―次の目標は8強よりも上になるのか。
間違いない。スポーツの世界は結果で左右される。ベスト8の目標を掲げ、それをクリアした以上、次に進む必要がある。
―個人的な目標は。
海外でプレーしたい気持ちはもちろんある。何年か前には話をもらって、タイミングが合わずに見送りになったケースもあった。今、松島(幸太朗)選手が(フランス1部リーグに)チャレンジしているが南半球、北半球問わず、自分が強くなるためならそこでラグビーをやってみたい。
―W杯では「にわかファン」も生まれ、競技人気はかつてなく高まっている。
あの盛り上がりは間違いなくラグビー界を前進させた。街中でボールを持って遊んでいる子が増え、日常にラグビーが入ってきた実感がある。僕が小さい頃は野球、バスケットボール、サッカー、柔道などはできる環境があったが、ラグビーは本当に少なかった。ラグビーをできる環境が増えるようにしていかないといけないという使命感は感じている。
―ラグビー人口がもっと増えてほしいと。
スクールの定員が満員だという話を聞くと非常にうれしいが、新たに開設したという話はあまり聞こえてこない。非常に大問題だと思っている。やはり土台を大きくしていかないと、頂点は強くなってこないので。
―積極的なメディア出演も普及の一環か。
誰にでもチャンスがあるわけではない。ラグビー熱をどんどん継続させて、それ以上に後押しできるようにメディアに出演したつもり。ラグビー選手として、どこに出ても恥ずかしくないような振る舞いをしてきたと思っている。
―コロナ禍で、スポーツへの考え方に変化はあったか。
スポーツ全般の価値がどれほどのものなのかを考えた時、コロナ禍では優先順位が下になるのは間違いない。だからこそ、こうやって発信できる力が付いてきた自分がラグビー人気を後押しするだけではなく、ラグビー選手として何かメッセージを伝えたいと思うようになった。
―注目されることで戸惑いや変化は。
しっかりやることをやり、ラグビーの成績とメディア露出のすみ分けができていれば、誰も文句は言えない。結果を出せなければプロ選手として衰退していくだけだと、強い気持ちを持ってやっている。普段から声をかけていただくことは増えたが、特に変装もしていない。この体じゃ、変装しても不審者になるだけなので。