子どもの事故死どう防ぐ? 専門家「環境整備、具体的に」

 4歳の男の子の命を奪ったのは、たった一粒のブドウだった―。喉につまりやすい食べ物と言えば、お餅などを思い浮かべる人が多いかもしれないが、実はこれまでにブドウやピーナツ、ミニトマト、白玉団子などで子どもの死亡事故が起きている。食べ物以外の事故も含め、毎年約100人の子どもが窒息で亡くなっているのが現状だ。「似たような事故は、過去に何度も起きている。社会全体で具体的に事故防止に取り組まなければいけない」と専門家は警鐘を鳴らす。(共同通信=山口恵)

「4歳までは4分割を」と呼び掛けるデザイン(企画・制作 Safe Kids Japan、イラスト・デザイン 久保田 修康)

 ▽繰り返す悲劇

 9月7日午後、東京都八王子市の幼稚園で、給食に出された直径3センチほどのブドウ「ピオーネ」を食べた4歳の男児が、急に苦しそうな表情で立ち上がった。職員が吐き出させようとしたが出ず、搬送先の病院で死亡。喉からは皮がむかれた状態の一粒が見つかった。

 「また同じような事故が起きたか…」。子どもの事故防止に取り組むNPO法人「Safe Kids Japan」の理事長で、小児科医の山中龍宏さんはニュースで知り、やるせない思いでいっぱいになった。

 約35年、子どもの事故防止に取り組んでいる山中さんに、事故について尋ねると「ブドウによる窒息事故は複数起きている。教育・保育施設向けの国のガイドラインには『過去に窒息事故を起こした食材は使用しないことが望ましい』とある。ブドウを4分の1にカットして提供するべきだった」と話した。

取材に応じる山中龍宏医師、9月18日午後、横浜市泉区

 危ないのはブドウだけではない。2006年には、静岡県東伊豆町の保育園で1歳の女児が、園庭で育てていたミニトマトを庭遊びの最中に食べて窒息死した。今年2月には、松江市のこども園で4歳の男児が節分の豆を喉に詰まらせて亡くなっている。他にも、高野豆腐やドーナツ、こんにゃくゼリー、ホットドッグなどでも事故例が報告されている。

 国も過去に実態把握のための調査をしている。消費者庁によると2010~14年に起きた14歳以下の窒息死事故のうち、食品に起因するものは約17%で、被害者の約8割は6歳以下だった。原因はマシュマロや団子、リンゴなど。いろいろな食べ物を一度にほおばっている時に窒息事故を起こしたケースも多かった。ちなみに、食品以外の83%のうち、最多は「就寝時」の28%、次いで「誤えん」が27%だった。

 消費者庁の担当者によると「特に注意が必要なのは、ナッツや豆類」。表面がつるつるしているものが多く、例えば、ピーナツは油分で肺炎を引き起こしたり、気管に入って体内の水分を吸って膨らみ、気管をふさいだりしてしまう可能性がある。数分でも窒息が続けば、低酸素脳症で死に至る場合もある。

 万が一、目の前で窒息事故が起きたら、どんな行動を取れば良いのか。担当者は「自分で何とかしようと思わず、すぐに119番を。呼吸をしていない場合は、心肺蘇生を優先し、救急車を待つ間に試みて」と呼びかけた。消費者庁はツイッターでも事故予防や対策法について発信している。

消費者庁のツイッター画面

 ▽子どもは吸い込む

 山中さんに、子どもの窒息が起きる原因と、大人が気をつけるポイントについて聞いた。一般的に、奥歯が生えそろう3歳くらいまでは、大人に近いそしゃくは難しい。子どもはかめない食材を「吸い込む」特性があり、窒息しやすいのだという。「親が見守っていても事故は起きる。特に未就学児には、そもそも危険な食材を与えないことも大事な予防だ」と強調した。

「改善は身近なことから」と、「Safe Kids Japan」は、連携する「子どもの事故予防地方議員連盟」とともに、大粒のブドウやミニトマトなどを扱う食品通販の事業者に対し「4歳までは、4分割してあげてください」と包装袋に記すよう求める要望書を送付した。シールなどに使ってほしいと、ブドウとミニトマトが4分割されている可愛らしいデザインも作成した。議連とともに、具体的な政策提言の形でも、行政に事故予防の必要性を訴えていくという。

「4歳までは4分割を」と呼び掛けるデザイン(企画・制作 Safe Kids Japan、イラスト・デザイン 久保田 修康)

 ▽全ての死、検証へ

 不慮の事故死は、食べ物の窒息だけではなく、転倒や転落、溺水などでも起きる。原因がはっきり分からないことも多く、厚生労働省によると2016年に病死以外で亡くなった0歳児の死因で最も多かったのが「不詳」の27%だった。

 一方で、事故死以外にも、虐待や自殺による子どもの犠牲が年々増加し、社会問題となっている。こうした背景を踏まえ、国は早ければ2022年度から、都道府県単位ですべての子どもの死因を分析し、具体的な再発防止策につなげる制度「チャイルド・デス・レビュー(CDR)」を始める方針で検討している。

 CDR…。聞き慣れない名称だが、一体どういう制度なのか。厚生労働省の担当者に取材した。

 小児科医や法医学者、警察や児童相談所などの担当者が連携し、子どもの死因や死に至った背景、家庭環境などを分析する制度で、「どうすれば防げたか」という観点で検証し、具体的な再発防止策を都道府県に提言するという。

 もともとは、虐待見逃し防止の観点から、1978年に米国ロサンゼルスで始まり、今では、英国やカナダなど約40の国・地域に広がる。米国では、親が添い寝していた乳幼児に窒息死が多いことが分かり、ベビーベッド利用のキャンペーンに発展。死亡率の大幅低下に貢献した。

 日本では、20年度から国のモデル事業が始まったばかり。群馬、山梨、三重、滋賀、京都、香川、高知の7府県がそれぞれ専門家を集めて、CDRの検証や分析に取り組み、全国導入に向けた課題を洗い出す。

 これまでも子どもの死亡を検証する制度はあったが、虐待なら厚生労働省、学校といじめの関連なら文部科学省、生活用品による事故なら消費者庁と、完全な「縦割り行政」で行われており、ゼロベースで検証する仕組みではなかった。

 CDRはこうした「縦割り行政」からは一歩進んだ印象だが、制度化に向けてクリアすべき課題もありそうだ。

 滋賀県のCDRで、主導的な役割を担う滋賀医科大の法医学者、一杉正仁さんに尋ねたところ、滋賀県は7月にCDRの初会合を開催。2018年以降に亡くなった18歳未満の死亡例、約120人分を今年度中に分析する方針だ。

滋賀県で開かれたチャイルド・デス・レビューの初会合=7月(同県提供)

 「一番は、分析や検証に必要な情報がきちんと集まるかどうか。特に、捜査情報は入手のハードルが高い」。基本的な情報は、子どもが亡くなった病院に依頼したり、保健所が作成する「死亡小票」を使ったりして集める想定だが、家庭環境などを詳しく知るには警察や児相、かかりつけ医の協力が欠かせない。

 厚労省は「CDRへの情報提供は個人情報保護法の例外」との整理だが、どこまで情報を出すかは依頼を受けた各組織の判断になる。「検証を通じて『自分たちの過去の仕事ぶりが結果的に批判されることにならないか』と疑心暗鬼になるケースも出てくるかもしれない」とも指摘する。

 「色々と懸念はあるが、死亡例を、具体的な再発防止策につなげられる可能性があることには期待したい」。CDR推進にも取り組んできた小児科医の山中龍宏さんは言う。

 「同じような事故や事件が何度も起きるのは、現在の対策が不十分だということ。個人を責めるのではなく、環境やシステムを具体的に整えることが不可欠。社会も企業もそういう方向に向かって進んでいかなければ」と力を込めた。

「Safe Kids Japan」のホームページはこちら

https://safekidsjapan.org/

消費者庁ツイッターはこちら

https://twitter.com/caa_kodomo

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