トミー・ジョン手術は「何回でも大丈夫」も…肘の権威が語る「人工物」のリスク

トミー・ジョン手術に回数制限はあるのか?

肘の権威・古島医師と元阪神エース・藪氏が対談、米国では「簡単に手術しちゃう」!?

成功率が高いことから、近年も多くの選手が受けている肘内側側副靱帯再建手術(通称トミー・ジョン手術)。靭帯損傷などの診断を受けた選手は、手術から約1年のリハビリを乗り越え、マウンドへと戻ることになる。並大抵ではない努力が必要となるが、復帰できるという“希望の光”があるからこそ、選手は地道に歩みを進めることができる。

では、メスを入れることに“回数制限”はあるのか。日本では、元ヤクルトの館山昌平氏(現楽天2軍投手コーチ)が3度に渡って同手術を受けたことが大きなニュースにもなったが、何度もメスを入れることで“希望の光”がいつか消えてしまうことはないのだろうか。Full-Countでは、実際に館山氏の手術を担当した慶友整形外科病院スポーツ医学センター長の古島弘三医師と元阪神エースでメジャー経験も持つ藪恵壹氏とのオンライン対談を実施。古島医師は「うちのやり方なら、何回でも大丈夫です」と説明した一方で、靭帯を「人工物」で代用することにはリスクがあると指摘した。

損傷した靭帯を切除し、そこに患者自身の他の部位から靭帯を移植することで、負傷箇所の修復を図るトミー・ジョン手術。日本よりも米国の方が、メスを入れる選手は多いが、手術に踏み切るまでの“ハードル”の高さが違うと古島医師は言う。

「アメリカの病院に見学に行った時に感じたのは、トミー・ジョン手術を『やる』『やらない』について、トレーナーの意見がものすごく強いんですよね。ドクターは、そのトレーナーが『手術してくれ』と言うと『分かった』と手術をする。『これは手術した方がいい』とか『これは手術しなくてもいいのでは?』という意見交換はあまりない。『なんでこれは手術になったんですか?』と聞くと『トレーナーがやってくれと言うから』という答えが返ってきたこともあります。

トミー・ジョン手術の神話じゃないですけど、『やれば治る』『必ず復帰できる』みたいな話になっているので、『痛い』と言ったら『手術をやって2年後にちゃんと復帰すればいいんだ』と考えることが多いようです。日本だったら手術しないだろうなっていうケースも、簡単に手術してしまうんですよね」

もちろん、トミー・ジョン手術に対する信頼度が高いからこそ、決断に踏み切る人が多いと言える。また、古島医師は、肩の故障に比べれば肘の手術から復帰する可能性は高いとも話す。ここで藪氏がぶつけたのは、誰もが気になる疑問だ。

「トミー・ジョン手術って何回までできるんですか?」

手術の回数を重ねても「リハビリ期間は全部同じ」

これに古島医師は「うちのやり方なら、何回でも大丈夫ですよ」と即答。そして「館山さんは3回やりましたよ」と付け加えた。

古島医師「館山さんは靱帯だけじゃなくて、屈筋腱断裂もあったので3回になってしまいました。復帰したのは、かなりレアなケースだったと思います。それでも同じところに3回移植しました」

藪氏「1回目より2回目、2回目より3回目の方がリハビリ期間は少しずつ長くなっていくものなのですか?」

古島医師「いや、同じですね。館山さんの場合は1回目の手術をして1年後に復帰して、それから7年くらい状態は良かった。その間に60勝くらい挙げていたんですね。次に怪我した時は、屈筋腱と骨の繋がっている部分が、骨ごと剥がれた感じになってしまったんですよ。珍しいことですけど。それで剥がれた部分をアンカー3本で骨に止めました。普通は次第に骨と腱がくっつくので、それで大丈夫なんですけど、1軍復帰直前の2軍戦でまた痛みが出てしまった。同じところが剥がれてしまったんですね。なので、今度はアンカーを5本使ってガッチリ留めました。それでもリハビリ期間は全部同じでしたね」

藪氏「同じですか」

古島医師「回数を重ねると、もっと(時間が)かかるというわけではないですね。アメリカだと復帰まで14~16か月と言いますが、私の病院では、プロの選手は1年で1軍の公式戦で投げられるイメージです。アメリカの場合は、骨に穴を開けて通した靱帯を固定するのに、靱帯同士をただ糸で縫うだけなんですね。骨に開いた穴には靱帯が通っているだけなので、靱帯と骨が融合するまでには時間がかかる。うちの場合は、穴に靱帯を通した後に骨片を差し込んで固定します。すると、その骨片と骨が1、2か月で融合するので、最初の固定力が高まります。手術から8か月くらいで全力投球に持っていき、まず2か月は2軍で調整し、次の2か月で実戦を経て、1軍復帰というパターンですね」

「自分の関節の動くところに固い人工物を入れたら、どこかしら摩耗してきます」

もちろん、靭帯損傷という大怪我を何度も負わないに越したことはないが、手術後に同じ負傷を重ねたからといって、復帰への道が閉ざされることはないというのだ。

一方で、古島医師は靭帯ではなくて人工物を使って負傷箇所の修復を図ることにはリスクがあると指摘する。藪氏の「自分の靭帯の代わりに人工物、例えばワイヤーシリコンなどを使って、リハビリ期間を少しでも短くするようなこともやっていると思うんですけど……」という疑問に対して、古島医師は「補強みたいな感じで使うこともありますが……」と前置きした上でこう続けた。

「自分の関節の動くところに固い人工物を入れたら、どこかしら摩耗してきますよね。昔、膝の靱帯の治療には人工の靱帯を使うこともありました。それが今では、もう全く使われなくなってしまった。爆発的に流行って4、5年くらい使われていた時期がありましたが、やっぱりどんどん骨の穴が削れて大きくなってしまう。人工靱帯は固いけれど伸び縮みもしないので、長い年月が経つと骨がこすれて削れてしまいます。だから、軽い靱帯損傷に対して補強で使うことはありますが、断裂した場合にはほとんど使いません」

負傷した選手を復帰へと導くために、医療現場での努力も日々、続いている。また、まずは肩や肘を故障しないための取り組みも近年は盛んに行われており、特に成長段階での体の酷使は問題視されている。古島医師は、育成年代の選手の負傷を防ぐために様々な活動に取り組んでおり、10月10日からは全6回のコースで行う全6回のオンラインサロン「開講! 古島アカデミー」第1期をスタート。野球に励む小中学生の指導者・保護者を対象に、子どもたちを怪我から守るための基礎知識を分かりやすくレクチャーする予定だ。スポーツに負傷はつきものだが、選手を守るための“声”を発信し続けている。

【受講者募集中】
「Full-Count」では、10月10日(土)19時より全6回のコースで行うオンラインサロン「開講! 古島アカデミー」第1期(全6回)をスタートさせます。古島医師を講師にお招きし、野球に励む小中学生の指導者・保護者の皆さんに、子どもたちを怪我から守るための基礎知識を分かりやすくレクチャー。イベント詳細は下記URLをご覧下さい。

(Full-Count編集部)

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