なぜ「松坂世代」は特別なのか? 名球会入りゼロも、愛され続ける理由

松坂世代――。実に94人ものプロ野球選手を輩出してきたこの世代は、甲子園、プロ野球の舞台でファンを熱狂させ、日本球界をけん引してきた。だが40歳となる今季、現役を続けているのは、わずかに5人だけ。うち、藤川球児(阪神)、渡辺直人(楽天)は、今季限りでユニフォームを脱ぐことが決まっている。

数多くの名選手を生み出しながら、意外にもこれまでに名球会入りした選手はゼロ。それでもファンにとって、松坂世代は“特別”な存在だ。なぜ松坂世代は、これほどまで愛され続けるのだろうか――?

(文=花田雪、写真=Getty Images)

1998年の高校野球で「無敗伝説」をつくった怪物・松坂大輔

「1983年1月生まれなので、松坂世代の2学年下ですね」

自身の年齢を聞かれた時、何度この言葉を使っただろう。

仕事でもプライベートでも、「野球好き」の人と年齢の話をする時、もっとも分かりやすい共通の時間軸が、「松坂世代」だ。

今年、藤川球児(阪神)と渡辺直人(楽天)の2人が今季限りでの現役引退を発表。その報道にもやはり「松坂世代」の文字が目立った。

1980年度生まれの彼らも今年で40歳。
当たり前の話だが、プロ野球でプレーを続ける選手は年々減っている。

2020年現在、NPBに選手として所属する「松坂世代」は藤川、渡辺と、張本人の松坂大輔(西武)、久保裕也(楽天)、和田毅(ソフトバンク)の5人だけ。2021年はこの人数が、多くても3人になることがすでに決まっている。

1998年、春夏の甲子園、国体を制覇し、「公式戦無敗」の伝説をつくった松坂大輔は、プロ入り後も1年目からいきなり最多勝を獲得するなど、伝説の続きを紡ぎ続けてきた。

その後も続々と同級生たちが頭角を現し、いつしか彼らを総称した「松坂世代」という言葉が生まれた。

彼らのプロでの活躍は、あらためて振り返る必要もないだろう。

ただ、プロ野球界には松坂世代以外にも、同世代に多くの一流選手を擁する「○○世代」は意外と多い。

下の学年にも名選手をそろえた世代は数知れず。それでも松坂世代は特別

例えば松坂世代の1学年下にあたる「1981年度生まれ」には、すでに名球界入りを果たしている青木宣親(ヤクルト)、鳥谷敬(ロッテ)の他に、岩隈久志(巨人)、糸井嘉男(阪神)、川﨑宗則(栃木ゴールデンブレーブス<ルートインBCリーグ>)、田中賢介(引退)らがいる。

また、田中将大(ヤンキース)、前田健太(ツインズ)、秋山翔吾(レッズ)、坂本勇人(巨人)、柳田悠岐(ソフトバンク)、大野雄大(中日)、宮﨑敏郎(DeNA)、石川歩(ロッテ)ら現在、メジャーリーグ、プロ野球で中心選手として活躍する1988年度生まれの彼らは、甲子園を沸かせた斎藤佑樹(日本ハム)と同学年であることから「ハンカチ世代」と呼ばれていた時期もある。

「ハンカチ世代」の1学年下には、中田翔(日本ハム)、菅野智之(巨人)、丸佳浩(巨人)、菊池涼介(広島)、中村晃(ソフトバンク)、鈴木大地(楽天)、井上晴哉(ロッテ)といった各球団の「顔」がズラリと並ぶ。

また、もう少し若い世代でいうと1994年度生まれに大谷翔平(エンゼルス)、鈴木誠也(広島)、藤浪晋太郎(阪神)、大山悠輔(阪神)、近本光司(阪神)、京田陽太(中日)、田中和基(楽天)ら、すでに主力を張る選手、これからチームをけん引していく選手たちもいる。

野球に限らず、スポーツ界にはこのように特定の世代に優秀な選手が集中するケースが多々ある。ここで名前を挙げた面々は、実績、知名度を考えても決して「松坂世代」に引けを取らない。

ただそれでも、「プロ野球で○○世代といえば?」と言われたら、おそらくほぼ全員が「松坂世代」と答えるだろう。

それは、なぜか――。

高校時代のライバルたちが、プロの世界でもしのぎを削る

あらためて松坂世代のこれまでを振り返ってみて感じるのは、世代を彩った豪華な面々だけでなく、その「ストーリー」の魅力だ。

物語の主人公はもちろん、松坂大輔。ドラフト1位でプロ入りし、高卒入団から3年連続最多勝。わずか数年で、甲子園のスターからプロ野球界のスターへと変貌を遂げた。

ただ、物語を盛り上げるためには、主人公に匹敵する「ライバル」が必要だ。

プロ入り以降の松坂は当初、イチロー(当時オリックス)や黒木知宏(当時ロッテ)といった「先輩プロ野球選手」としのぎを削っていた。

しかし、イチローは2000年を最後に海を渡り、黒木は2001年前半戦で肩を痛め、2年半もの間、1軍の舞台から姿を消すことになる。

そこに現れたのが、高校時代に戦ったライバルたちだ。1998年夏、2回戦で松坂擁する横浜と対戦した鹿児島実のエース・杉内俊哉が三菱重工長崎を経て2002年にプロ入り(ダイエー)。2年目の2003年には10勝を挙げると、以降は2018年の引退までプロ通算142勝を積み重ねた。

さらに杉内の入団翌年には、「大卒の松坂世代」が一挙にプロ入りを果たす。

高校時代、松坂と共に「高校生史上初の150キロ」を記録した新垣渚(ダイエー入団)や、センバツ3回戦で投げ合った東福岡の村田修一(横浜入団)、甲子園では松坂との直接対決こそなかったが、早稲田大で江川卓の持つ東京六大学リーグ奪三振記録を塗り替えた和田毅(ダイエー入団)らが、4年遅れで松坂と同じプロの舞台に立った。

彼らは皆、1年目から結果を残し、松坂と共にプロ野球界をけん引していくことになる。

まるで漫画の世界のような“ストーリー”が続く…

見る者を魅了する「松坂世代のストーリー」はまだまだ続く。

2005年、松坂がプロ入り7年目にして6度目の2桁勝利を記録したこのシーズン、同期入団の藤川が「火の玉ストレート」を武器に大ブレイク。同じく「松坂世代」の久保田智之にジェフ・ウィリアムスを加えたJFKトリオで、チームをセ・リーグ優勝へと導いた。

また、同年には松坂とセンバツ決勝で投げ合った久保康友が、「松坂世代最後の大物」として自由獲得枠でロッテに入団。いきなり10勝を挙げ、新人王も獲得している。

その後、松坂は2006年を最後に海を渡るが、5年後の2012年には和田、翌2013年には藤川も、後を追うようにメジャーへと移籍を果たしている。

高校時代から世代をけん引し続けてきた松坂に、次々と現れる同級生のライバルたち。

その出来過ぎのストーリーは、まるで『ドカベン プロ野球編』のようだ。

野球漫画界の巨匠・水島新司先生が描いた『ドカベン プロ野球編』では、『ドカベン』『大甲子園』の主人公・山田太郎が西武ライオンズに入団し、チームメートや当時のライバルとプロの舞台で再び相まみえる。

「松坂世代」も、そうだ。

毎年のように強力な「松坂世代」が現れ、プロの舞台でしのぎを削る。

主人公だけが突出した野球漫画が面白くないように、松坂世代もまた、個性あふれる選手たちがそれぞれのストーリーを紡いだからこそ、20年たった今でもプロ野球ファンに愛され続けている。

いつかは最終回を迎える。その結末をしっかりと見届けたい

ただ、『ドカベン プロ野球編』が『スーパースターズ編』『ドリームトーナメント編』を経て2018年で完結したように、物語には必ず終わりがくる。

「松坂世代のストーリー」も、そろそろ最終回が近づいてきているのは間違いない。

1998年に始まった超大作が大団円で終わるのか、予期せぬ最終回を迎えるのか――。
おそらく誰にも分からないだろう。

ただ、その物語を高校時代から、リアルタイムで見続けてきた身としては、どんな結末であろうが、最後までしっかりと見届けたいと強く思う。

<了>

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