厳罰化加速させた〝衝撃映像〟 常磐道あおり殴打事件 被告に猶予付き有罪判決

あおり運転の罰則内容などを周知するチラシが入った袋を受け取るドライバー(中央)=6月29日午前、東京都八王子市の中央自動車道石川PA

 高速道路上で被害者の車を停車させ、ものすごいけんまくで怒鳴り込む―。茨城県守谷市の常磐自動車道で昨年8月に起きたあおり殴打事件などで、強要と傷害の罪に問われた会社役員宮崎文夫被告(44)に、水戸地裁は2日、懲役2年6月、保護観察付き執行猶予4年(求刑懲役3年8月)の判決を言い渡した。

 ドライブレコーダーによって「可視化」された事件は社会に衝撃を与え、あおり運転を厳罰化していく流れを加速させた。今年6月には改正道交法が施行されたが、一種の迷惑行為として以前から知られていた〝あおり〟が、どのようにクローズアップされ、法規制にまで至ったのか。経過をまとめた。(47NEWS編集部)

 ▽「軽い罪納得できない」

 あおり運転が社会問題化したきっかけは2017年、神奈川県大井町の東名高速道路で起きた痛ましい事故だった。

 事故では、静岡市の一家4人の乗るワゴン車が妨害運転を繰り返された末に追い越し車線上に停車させられ、大型トラックが追突し夫婦が死亡、娘2人が負傷した。神奈川県警は同年10月、ワゴン車を追い掛けて何度も進路をふさぎ、追い越し車線に無理やり停止させて事故を誘発したとして男を逮捕。ただ、その罪名は自動車運転処罰法違反(過失致死傷)と暴行の疑いだった。

2017年6月、無理やり停止させられた車の夫婦にトラックが追突し死亡した事故で、移動される車両=神奈川県大井町の東名高速道路

 県警はより厳しい同法の危険運転致死傷罪を検討したが、運転中の事故ではなかったため断念。この判断に遺族からは「軽い罪では納得できない。今の法律で無理なら法改正してほしい」という声もあがっていた。(男については、その後横浜地検が危険運転致死傷罪で起訴。横浜地裁は同罪の成立を認め懲役18年を言い渡した。しかし、二審判決は同罪の成立を認めたものの、一審の訴訟手続きが違法だったとして地裁に審理を差し戻した)

 ▽あらゆる法令駆使

 命を脅かす危険な行為にもかかわらず、法に明確な規定のないあおり運転。警察庁は抑止のために18年1月、全国の警察に向けて厳正な捜査の徹底と積極的な免許停止の行政処分の実施を求めるよう通達した。具体的には、危険運転致死傷罪(妨害目的運転)や暴行罪など、あらゆる法令を駆使した摘発を進めていくというもの。実際、前の車との距離を詰めすぎる道交法の「車間距離保持義務違反」で18年中に摘発したのは全国で1万3025件に上り、前年からほぼ倍増した。

 ただ、摘発は広がったとはいえ抑止効果には限界があり、その後も悪質な事件が相次いだ。そして、19年8月に今回の事件が発生した。

宮崎文夫被告(茨城県警提供)

 宮崎被告は、常磐道上り線の守谷サービスエリア付近を走っていた茨城県阿見町の男性会社員の車の前に自分の車で入るなどして停止させた上、「殺すぞ」などと怒鳴りながら男性の顔面を複数回殴打してけがをさせたとして、傷害と強要の容疑で茨城県警に逮捕された。一連の様子を捉えたドライブレコーダーには、被告のSUVが蛇行したり、前方に割り込んだりする様子が写っており、その映像はニュースで繰り返し流され、ネット上に拡散した。

 事件について県警は当初、暴行容疑を視野に入れていたが、危険なあおり運転を暴行と認定した上で、車を止めさせたことが強要容疑に当たると判断。水戸地検土浦支部が全国初とみられる強要罪で起訴した。

 ▽妨害運転

 繰り返される悪質なあおり運転による事件や事故を受け、厳罰化に向けた法整備の動きが進み出す。

 19年8月28日には当時の菅義偉官房長官が記者会見で「意図的に危険を生じさせる極めて悪質な行為だ。厳罰化について必要な検討を進めていく」と発言。同年末には道交法を改正してあおり運転を定義し、罰則を創設する方針が警察庁によって明らかにされ、今年6月にあおり運転の厳罰化を盛り込んだ改正道交法が成立、施行された。

 改正道交法はこれまで法律上明確な定義がなかったあおり運転を「妨害運転」と規定。他の車の通行を妨げる目的での逆走、急ブレーキ、車間距離不保持、急な車線変更、左からの追い越し、ハイビーム、執拗(しつよう)なクラクション、幅寄せ・蛇行、高速道路上の低速走行、高速上の駐停車の10行為を対象とした。

 罰則は3年以下の懲役または50万円以下の罰金で違反点数は25点、欠格期間は2年。高速道路上で相手を停車させるなど「著しい危険」を生じさせた場合は5年以下の懲役または100万円以下の罰金と罰則が重くなり、違反点数は35点、欠格期間は3年だ。違反点数が累積している場合は加算される。

 また危険運転の適用範囲を拡大する改正自動車運転処罰法も7月に施行。走行中の車を妨害する目的で、前方で自分の車を停止させ、死傷事故を起こすケースも新たに処罰対象になった。改正道交法と併せ、政府は悲惨な事故を引き起こすあおり運転を抑止するための法律を整えた形だ。

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