的外れな優しさが状況を破滅へ向かわせる!『生きちゃった』の主人公がトラウマを呼び覚ます

『生きちゃった』©B2B, A LOVE SUPREME & COPYRIGHT @HEAVEN PICTURES All Rights Reserved.

思わず息苦しくなる、どん詰まりの人間模様

昔、小学校の三者面談で担任は自分の前で、母に「息子さんは辛辣すぎます」と言った。後の中高の学生生活を振り返っても比較的思ったことは口に出してしまい、周囲とギスギスした記憶がある。大学生になってからバンドを組んで、思い違いでなければ徐々にその傾向はマイルドになっていったと思う。事実かどうかはメンバーに聞いて欲しいところです。

映画『生きちゃった』は仲野太賀演じる山田厚久が、そんな僕とは真逆のタイプで、思ったことや感情を表現できない主人公として登場します。間違いなく嫌な奴ではなく、優しい人なのですが、彼なりの優しさは不器用かつ説明不十分なので受け手には全く伝わらず、中華料理屋の床の油みたいに、関わる人全員がぬるぬると滑って、中には大ゴケする人も。そんなふうに彼は、状況をゆるやかに破滅へと導いていきます。

周囲が怪我をしても、厚久は「ただ美味しい料理が作りたいと思っているだけなのに」というようなズレた視点で悩んでいるので、周囲とは大きく心理的な距離があり、自身の何を変えれば状況が好転するのか一切分からず、どん詰まりの淀んだ人間模様が展開されます。

『生きちゃった』©B2B, A LOVE SUPREME & COPYRIGHT @HEAVEN PICTURES All Rights Reserved.

穴があったら入りたい! 不器用すぎる主人公がトラウマを呼び覚ます

「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である」というチャップリンの言葉がありますが、本作も観客の立場からすると、なんでそんなふうに振る舞ってしまうんだよ、と厚久にツッコミを入れたくなるほど、わざわざ状況を悪化させにいってるように見えてしまいます。

ですが、それだけでとどまるのではなく、渦中にいる人間は必死なんだよな、と思わず感情移入してしまうような嫌なリアルさも常にありました。中でも大島優子の、言っていることの道理は滅茶苦茶なんだけど感情としては筋が通っているとしか言えないシーンは、他人との衝突で冷静でなくなった人間がそのままそこに居るようで、見ていて腹が立ってくるほどでした。

『生きちゃった』©B2B, A LOVE SUPREME & COPYRIGHT @HEAVEN PICTURES All Rights Reserved.

冒頭で書いた昔の自分が辛辣だった理由は、思い返せば「多少キツいことでも伝えることが相手と自分にとって確実に良いことだ」と思い込んでいたからで、当時は渦中にいたので全く気づかなかったけれど、今となっては救いようがないなと思い、穴があったら入りたい気持ちになります。そんな、かつての自分のトラウマ的な部分が呼び覚まされて、胸がゾワッとする映画でした。

文:川辺素(ミツメ)

『生きちゃった』は2020年10月3日(土)よりユーロスペースにて公開

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