【F1チームの戦い方:小松礼雄コラム第12回】入賞を争う速さを示し続けるも「また12位か……」“詰めの甘さ”も顕著に

 2020年シーズンで5年目を迎えたハースF1チームと小松礼雄エンジニリングディレクター。今季初のフライアウェイレースとなった第10戦ロシアGPは、予選では風の影響を受けて苦戦したものの、決勝レースでは入賞を争う速さを示したことを評価。コロナ禍で初めて大勢の観客を迎えて開催されたソチの現場の事情を、小松エンジニアがお届けします。

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2020年F1第10戦ロシアGP
#8 ロマン・グロージャン 予選16番手/決勝17位
#20 ケビン・マグヌッセン 予選18番手/決勝12位

 今年初めてのフライアウェイのレースとなったロシアGPでは、これまでのレースとは違い、大勢の観客がサーキットでレースを観戦することになりました。グリッドからスタンドを見た時、お客さんがいてよかったなと思いましたが、パドック内はまだ新型コロナウイルス対策の規制があるので、特に変わりない状況です。

 僕たちよりも先にソチに到着したスタッフからは、現地の人はあまりマスクもしていないし、ソーシャルディスタンスも守られていないと聞いていました。ソチは黒海に面しているロシアの人達には人気のあるリゾート地で、特に海辺は人出が多くリスクが高かったので、食事はすべてサーキットで済ませましたし、基本的にはハンガリーと同じように外出は控えました。

 さて今回、ソチでは予選でも決勝でも風の影響がありました。特に影響を受けたのが予選だったのですが、実は、風向きとしてはタイムを出すのに有利な向きでした。つまりセクター3は最終コーナーを除いては向かい風で、ダウンフォースが効く状況でした。

 一方で、ストレート後のターン2やターン5では追い風なので、ダウンフォースが抜けてブレーキングが厳しいし、フロントも入っていきません。予選時の風の状況は金曜日とも直前のFP3とも違ったので、それにドライバーがどれだけ対処できるのかというのも彼らの腕の見せ所です。もちろんチームからドライバーにどれだけ正確に情報が伝わっているか、というのも重要です。風向きが変わったことはドライバーたちに伝えましたが、もっと正確に伝えることができたのではないかという反省点もあります。

2020年F1第10戦ロシアGP ロマン・グロージャン(ハース)

 もう少し詳しく見ていくと、予選16番手のロマンは、15番手のセバスチャン・ベッテル(フェラーリ)まで0.4秒の差があったのですが、ロマンはターン2だけでベッテルに対して0.3秒のタイムロスがありました。これはブレーキングではなく、エイペックスからコーナー出口までの間に生じたタイムロスです。追い風を受けるターン2の進入ではダウンフォースが効かないのでクルマが安定せずになかなかコーナーに入っていけません。こうなるとエイペックスではアンダーステアを出してしまい、その影響でスロットルを踏めなくなります。

 対照的にセクター3ではターン17でベッテルを下回ったものの、ターン13〜16ではベッテルより速かったです。ターン13や15は、ざっくりと言えばターン2やターン5と反対向きで向かい風が吹くので、このセクター3でタイムを稼ぐことができました。

 とはいえひとつのコーナーだけで0.3秒も差があると、勝負になりません。ロマンもケビンも、基本的にはコーナーの進入で攻めるタイプのドライバーですが、現行のクルマではコーナーの進入で攻めすぎると、コーナーの中間から出口にかけてタイムロスをすることが多いです。コーナーの進入でプッシュするよりも、“慎重に進入してどれだけ早くアクセルを開けられるか、ブレーキを離してクルマを曲げてエイペックスにつけて、どれだけ早くスロットル開けられるか”ということが重視されます。ロマンとケビンの走り方がそうではないので苦労していますが、逆に言えば、トップを走っているドライバーたちにはそれができているということ。ダニエル・リカルド(ルノー)のGPSを見ると明らかです。

2020年F1第10戦ロシアGP ケビン・マグヌッセン(ハース)

■詰めの甘さが見えたVSC。ポジションを落とし入賞遠のく

 決勝ではスタートで9、10番手までポジションを上げ、良いスタートを切りました。1周目にこの位置にいることができれば、もし1台か2台に抜かれたとしても、何かあったらポイントを獲れるような位置ですからね。

 ロマンはケビンよりやや速さに劣っていたもののアントニオ・ジョビナッツィ(アルファロメオ)と2秒くらいのギャップを保って走ることができたので、アンダーカットされるのを防ぐためにウチが先に動いて仕掛ける必要もありませんでした。

 本当は23周目あたりまでピットストップを引っ張りたかったのですが、早めにジョビナッツィがピットに入ったのでロマンを次の周に入れなければいけませんでした。良いピットストップで予定通りジョビナッツィの前でコースに戻ることができました。

 スタートでケビンと接触してちょっとダメージを負ったこともありバランスがやや悪かったので、ジョビナッツィを離すことはできませんでした。そしてアルボンに抜かれた際にコースオフし、その影響もありその後3台のクルマに抜かれてしまい、再度のピットインを余儀なくされました。

2020年F1第10戦ロシアGP ロマン・グロージャン(ハース)

 一方でケビンは再スタート後にシャルル・ルクレール(フェラーリ)にはついていけなかったものの、良いペースで走っていました。ダニール・クビアト(アルファタウリ・ホンダ)に追い抜かれた後もすぐにペースを取り戻せましたし、周りに誰もいなかったのでピットストップのタイミングも比較的自由に決められました。

 19周目にタイヤ交換を終えた後は、1周目に変えたタイヤで最後まで走り切ろうとペースを抑えて走っていたランド・ノリス(マクラーレン)から一定の間隔を保ちながらコンスタントにラップを刻んでいました。ここまでは評価されて良い走りだったと思います。

 残念だったのは、VSC(バーチャルセーフティカー)が出た時です。VSCが導入された際、ケビンはタイヤとブレーキを温めようとゆっくり走っていたのですが、そうしている最中にVSC終了の通知が出ました。この時ケビンはVSC時に守らなければならない基準ラップタイムよりも遅く走っていたので、前のクルマから離されていたのです。

 本当はなるべく基準タイムにそって走らなければならないし、少なくともVSCが解除された時にはぴったりそのタイムで走り、遅く走っていた分を取り戻して差がゼロになっていないといけません。でもケビンは4秒ロスして前のアルボンから遅れをとってしまいました。幸い、後方のジョビナッツィも基準タイムより遅れて走っていたので差は詰められませんでしたが、ケビンが基準タイムで走っていれば差を広げられたはずです。

 その後ケビンの前では古くなったタイヤでVSC後にペースの戻らなかったノリスが他車に抜かれ、さらにはターン13のブレーキングでタイヤをロックアップさせてフラットスポットを作ったのですが、ここでケビンはノリスに詰まってしまったんです。ここでジョビナッツィはケビンの後ろにピタリとつけ、ストレートに戻ってきたときには抜かれてしまいました。すごくもったいなかったです。

 これがなければ11位でフィニッシュできたと思います。もし11位だったら、たとえ入賞に届かなくともやるべきことはすべてやったし、レッドブルのアレクサンダー・アルボンに抜かれるのは仕方ないと思うのですが、VSCのミスやノリスに詰まった時に抜けなかったことなど、詰めが甘かったです。

2020年F1第10戦ロシアGP ケビン・マグヌッセン(ハース)

 ちなみに、VSCなどの不可抗力の事態をうまくアドバンテージとして利用できるドライバーの例がセルジオ・ペレス(レーシングポイント)です。ウチはやられた側なのでよく覚えていますが、以前ペレスもVSC中に基準タイムよりも遅く走っていたことがあります。

 ですが彼は、VSCがもうすぐ解除されるという通達が出ると、うまく加速したんです。解除された瞬間にアクセルを踏むのではなく、ちょっとギャンブルしつつも解除前に加速を始めることで、解除した瞬間にはかなりスピードに乗って走ることができました。そういう駆け引きも上手でした。

 今回ケビンは12位でしたが、今年ウチは12位という結果が多いですよね。また12位か……と思うこともありますが、ソチではポイントを獲れるか獲れないかというところでレースができたのはよ良かったです。ケビンはVSCの件とノリスに詰まったこと以外はよくやってくれましたし、ロマンもペースが上がらないと文句を言っていた割にまあまあのペースで走ってくれました。ただしアルボンに抜かれた後に崩れたのはなんとも良くなかったですが。

 次戦はニュルブルクリンクでのレースとなります。ニュルも急きょカレンダーに加わったサーキットなので、以前のコラム(第8回)でも書きましたが、ベルギーGPの前にケビンはシミュレーターで準備しています。

 シミュレーターはダラーラのファクトリーにあるのですが、ファクトリーのあるロンバルディア地方では新型コロナの感染状況が良くないのです。ロマンも今回はシミュレーターに乗る予定でしたが、彼の住むスイスから飛行機が飛ばず断念することになりました。

 ちなみのロマンはロックダウン中にeスポーツに注力していて整った設備があるので、シミュレーターに乗れなくても「これ(eスポーツで使っている自宅にあるもの)をやるからいいよ」なんて言っていましたけどね……。チーム運営も楽しんでいるようです。ニュルはロマンが2013年に3位表彰台を獲得している得意なサーキットのひとつです。寒くて雨になるかもしれませんが、荒れた展開になるほどチャンスは出てくると思うのでしっかりやってきたいと思います。

2020年F1第10戦ロシアGP 決勝日のグランドスタンドの様子
2020年F1第10戦ロシアGP ケビン・マグヌッセン(ハース)
2020年F1第10戦ロシアGP ロマン・グロージャン(ハース)

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