「半沢直樹」千倍返し、舞台のホテルを直撃 パワハラ弁護士は実在?

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

ホテルニューオータニ(東京)のビュッフェレストラン「ビュー・アンド・ダイニング・ザ・スカイ」=10月2日午後、東京都千代田区で筆者撮影

 大ヒットしたTBS系のドラマ「半沢直樹」(全10回)は9月27日に最終回を迎え、平均世帯視聴率が32・7%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)に上った。堺雅人さんが演じる主人公の半沢直樹が経営危機に陥った「帝国航空」の再建に奔走し、おなじみの「倍返し」に拍車が掛かって「3人まとめて千倍返しだ!」というせりふまで登場。ドラマのモデルとなった日本航空の経営危機を振り返りながら、“聖地巡礼”のように象徴的な場面の舞台となった東京都心部のホテルに押し掛けた。(共同通信=大塚圭一郎)

 ▽東京の絶景が“地獄絵図”に一変!?

 ドラマは、リーマン・ショック後の利用者急減などで経営が悪化した日航をモデルとした池井戸潤氏の小説「銀翼のイカロス」が原作だ。柄本明さんが演じる進政党の大物議員、箕部啓治幹事長の推薦で国土交通相に抜てきされた白井亜希子議員(江口のりこさん)は、帝国航空の再建を成し遂げようとの野心を抱く。帝国航空の取引銀行に対して債権(借金)の一律7割カットという借金棒引きを要求。約500億円の債権放棄を求められた東京中央銀行の営業第二部次長、半沢直樹は拒否を表明し、白井国交相が設置した私設の帝国航空再生検討チーム「タスクフォース」のリーダー、乃原正太(筒井道隆さん)と鋭く対立する。

 半沢は、段田安則さんが演じる東京中央銀行の債権管理担当常務、紀本平八が合併前の旧東京第一銀行時代に箕部への無担保での20億円の不正融資に手を染めていたことをつかんだ。最終回では真相を探るべく同期の渡真利忍・東京中央銀行融資部企画グループ次長(及川光博さん)とともに、紀本が雲隠れしていたホテルの客室に押し掛ける。

 「あの場面は、この客室で撮影されました」と東京・紀尾井町のホテルニューオータニ(東京)で案内されたのが、ザ・メインの15階にある「プレジデンシャルスイート」だ。寝室やバスルームだけではなく台所、居間、会議室も備えており、広さは115平方メートルと定員2人にはもてあますほどの空間だ。居間のソファに腰掛けると、大きな窓から赤坂御所や迎賓館などの景色が眼前に広がった。

半沢直樹と渡真利忍が押し掛け、紀本平八常務に不正融資を問い詰める場面が撮影された客室「プレジデンシャルスイート」で、その場面を見せるホテルマン=10月2日午後、東京都千代田区で筆者撮影

 だが、素晴らしい眺望に油断し、呼び鈴につられて客室の扉を開けてしまうと…。半沢と渡真利の2人組に居間へと押し戻されて詰問され、せっかくの絶景が“地獄絵図”と化してしまうかもしれない。のけぞりながら窓の近くに立っていると、「紀本常務が立っていたのがちょうどその辺です」とニューオータニの社員が教えてくれた。

 この客室は正規の客室料金は28万円に上るが、10月1日から東京が対象に加わった政府の観光支援事業「Go To トラベル」を活用すれば割安に泊まれる。それだけに社員は「『Go To トラベル』の効果もあり、宿泊の問い合わせが徐々に増えてきた」と手応えを示していた。

 ▽パワハラ弁護士のモデルはあの人!?

 ドラマでは北大路欣也さんが演じる中野渡謙・東京中央銀行頭取と、香川照之さんが扮(ふん)する大和田暁取締役が箕部幹事長と会食しているのを知った半沢が第9回で、ホテルニューオータニ(東京)に入居している高級フランス料理店「トゥールダルジャン東京」に乗り込んだ。画面に映し出されたホテルは大部分の窓に明かりがともっていたが、ニューオータニ社員は「撮影日は新型コロナウイルスの影響で宿泊客が少なかったため、空いている部屋に電気をつけて回った」と苦労談を打ち明けた。

 「半沢直樹」効果も追い風にトゥールダルジャン東京は訪れた日も「予約でいっぱい」(関係者)で、私の乏しい懐具合もあって残念ながら訪問できなかった。代わりに案内していただいたのが、白井国交相とタスクフォースリーダーの乃原、帝国航空の神谷巌夫社長(木場勝己さん)と山久登財務部長(石黒賢さん)が昼食しているところに半沢が押し掛ける場面が撮影されたザ・メイン17階のビュッフェレストラン「ビュー・アンド・ダイニング・ザ・スカイ」だ。

 360度ガラス張りの円形になったレストランから東京の街並みを一望しながら、すし職人の握り立てのすしや、揚げたての天ぷら、出来たての鉄板焼きなどを好きなだけ味わえるのがこのビュッフェだ。見学した日はテーブルの配置が換わっていたが、「この辺りで撮影されました」と教えてくれた。

「ビュー・アンド・ダイニング・ザ・スカイ」でバイキング用のすしを握る職人。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため手袋を着用している=10月2日午後、東京都千代田区で筆者撮影

 ビュッフェの昼食を楽しみながら、帝国航空の極秘事項を公衆の面前で話し合うとは考えにくいので、レストランを貸し切ったという設定だったのだろうか。日航の経営再建の取材時には、別のホテルで関係者が会合を開いているとの情報をつかんだが、個室で集まっていたため入り口で待ち伏せし、終了後に退出してきた関係者に直撃したのを思い出した。

 押し掛けた半沢を居丈高な態度で追い返そうとしたのが乃原だ。「大手企業の再建で数々の実績を上げてきた有名弁護士」という設定だが、取引銀行に債権放棄をのませるために手段を選ばない姿勢と傲岸(ごうがん)不遜な物言いが波紋を呼んだ。

 視聴者からは「あんなパワハラが許されるのか!?」という声も聞かれたが、思い当たるモデルが実在する。日航が経営危機に陥っていた2009年9月に民主党政権の前原誠司国交相(当時)が設置した「JAL再生タスクフォース」の主要メンバーの1人だ。関係者は、この人物が「タスクフォース在任中に激高し、ある日航幹部をぶん殴ったことがある」と証言した。ただ、現在は本人への確認取材が不可能になってしまったため、実名を記すのは控えたい。

 ▽「辞めただけ立派」

 帝国航空のモデルとなった日航の再建劇は迷走を重ね、10年1月に会社更生法の適用を申請して経営破綻に追い込まれた。国交省は日航の再建計画をチェックする有識者会議を09年8月に設置したが、政権交代で翌9月に国交相に就いた前原氏は「(自由民主党の麻生)前政権がつくった組織の延長線上で議論しない」と会議の廃止を宣言。

 オバマ米政権が米大手自動車メーカー、ゼネラル・モーターズ(GM)の経営再建のためにタスクフォースを立ち上げたのを模倣し、JAL再生タスクフォースを立ち上げたとされる。正式な機関でもないため取引銀行などとの協議が難航したのはドラマと同じで、発足からわずか約1カ月後に解散に追い込まれた。

 タスクフォースは再建案をまとめた報告書を前原氏に提出したものの、前原氏は「タスクフォースの案を公表することは意味がない」と隠蔽(いんぺい)。「企業再生は時間が勝負」(事業再生専門家)という中で、1カ月もの貴重な時間を浪費した格好となった。

 しかも、業績不振で現金流出に歯止めがかからず、金策に苦労していた日航の再建方法を検討したはずのタスクフォースが日航に突き付けたのは「かかった費用と称する約10億円に上る請求書だった」(関係者)というのは悪い冗談のようだ。

 「ドラマの白井国交相は責任を取って辞めただけ立派だ。それに比べてあの元国交相はあまりにもひどかった。思い出すと、今でもはらわたが煮えくりかえる」と日航関係者は憤まんやる方ない様子だ。「半沢直樹」は出演した歌舞伎役者の派手な立ち振る舞いが話題を集めたが、現実世界ではドラマ 以上のかぶき者が跋扈(ばっこ)しているのかもしれない…。

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