英国版「GoToイート」の功罪は? 飲食業救済に成功、感染再拡大の批判も

カフェのドアに「Eat Out to Help Out」のロゴステッカーを貼るスナーク財務大臣

 英国政府は8月の1カ月間、新型コロナウイルスの感染拡大で甚大な影響を受けた外食産業を支援する政策「イート•アウト•トゥ•ヘルプ•アウト(Eat Out to Help Out)」キャンペーンを実施した。イートアウトは「外食」、ヘルプアウトは「助けの手を差し伸べる」という意味で、「外食してお店を助けてあげましょう」というメッセージが込められている。略して「EOTHO」と呼ばれたこの政策は、飲食業の救済に成功したと英国内で評価される一方で、感染を再拡大させたと批判の声も上がっている。(英国在住ジャーナリスト、共同通信特約=冨久岡ナヲ)

 ▽使い勝手の良さ

 英国版「GoToイート」とも言える支援策の概要は次の通りだ。

 ①毎週月曜日から水曜日までが対象②ランチとディナーで支払った食事代の半額を補助する③補助の上限は食事ごとに一人10ポンド(約1370円)④アルコール飲料の代金は補助の対象外―。

 補助を受けるには、キャンペーンに登録したレストランやカフェ、バーなどで食事をする必要がある。ただし、適用されるのは店内での飲食のみ。食事を持ち帰る「テークアウト」は対象外だ。

 使い勝手はかなり良かった。クーポン券などは不要で、予約の際にEOTHOを利用したいと伝える必要もない。店が独自に発行する割引券やギフト券などとの併用もできる。

 期間中なら何度でも利用できるので、月曜日から水曜日までの毎日、登録店でランチとディナーを食べると、最大で計60ポンド(約8230円)の補助を受けられることになる。

 ▽煩わしい支払額の計算

 かなり太っ腹なキャンペーンだが、難点もある。支払う額が計算しづらいのだ。これはアルコール代を対象外にしたことと、補助の上限額を設定していることによって引き起こされた。

 例えば、こんな感じだ。

 ある店でソフトドリンク(定価3ポンド)と、前菜とメインのセット(定価17ポンド)を頼んだ場合、客が支払うのは合計した20ポンドの半額で10ポンド(約1370円)となる。

 一方、ビール1杯(定価4ポンド)とステーキ(定価25ポンド)を頼んだ場合はどうなるのだろう。半額の対象になるのはステーキだけ。加えて上限額は10ポンドなので、顧客は19ポンド(約2600円)を支払うことになる。

 何を食べ、何を飲んだか? さらに、その値段はいくらなのか―。会計時にそんなことを思い出さなければならないのは、正直言って煩わしい。

 そうはいっても、とても「お得」だったのは事実。それゆえ、ステーキハウスを中心に大勢の客が押し掛けた。元から人気だった店は、あっという間に1カ月分の予約が埋まってしまったほどだ。

7月4日、営業が解禁されたロンドンのパブ。安全対策の一環で床にテープを貼り、原則一方通行にしていた(共同)

 ▽広がった客層

 キャンペーンに登録した店の盛況ぶりを見て、多くの店が続いた。EOTHOのスタート時に登録した飲食店は、全国にある飲食店の半分近くに相当する約6万軒。これが最終的には8万7千軒にまで伸びた。

 登録店数が当初伸びなかったのには、別の理由もあった。補助金分は店に還付されるが、一時的には店側が立て替える形になる。これがちゃんと支払われるのか疑う店主が多かったのだ。

 登録した店は、カフェからミシュラン星付きのレストランまでさまざまだった。いつもなら35ポンド(約4800円)くらいするコース料理も、月曜日から水曜日なら25ポンド(約3400円)で利用できる。「試してみたい!」。そう考えた人は少なくなかったのだろう。普段は見られないような客層が高級店を訪れたそうだ。

 店側も集客に努力した。通常なら75ポンド(約1万円)もする「おまかせコース」を、8月中だけ半額に値下げした高級レストランがあった。半額になっただけでなく、補助金額分が引かれる。当然、予約が殺到した。

 このキャンペーンは都心だけでなく、郊外のベッドタウンや地方にあるレストランやカフェへの集客にも大いに役立った。在宅勤務している人々が、これらの店を訪れたからだ。

 ▽「ありがとう、リシ」

 EOTHOは8月31日に惜しまれながら終了した。4週間のあいだに、お一人様やカップル、家族連れなどさまざまな人々が飲食店に足を運んだ。政府によると、1億組が利用したという。当初の予想は6千万から7千万組だったので、はるかに上回ったことになる。

 店に還付された補助金は総額で5億2200ポンド(約719億円)になった。英国政府が打ち出したコロナ経済対策の中では、社員や従業員が解雇されるのを防ぐため、今年10月まで月額2500ポンド(約34万円)を限度に賃金の8割を政府が助成する「解雇防止補償制度」と並び、最も成功したキャンペーンの一つと評価されている。

 レストラン側の収益も改善された。何より、外食を楽しんでもいいのだという気分に人々がなれたことが良かった。

 このキャンペーンを発案•指揮したのは、財務大臣のリシ•スーナク。さわやかな笑顔のイケメン政治家で、保守党を嫌う人たちにも人気がある。今年2月に前任者の突然の辞任によって昇格した若手政治家だが、新型コロナウイルスの対応で見せた手際の良さで頭角を表した。今や、ジョンソン首相の後釜と目されるまでになっている。

 スーナク大臣の人気を表す格好の言葉がある。それが「今日はリシのおごりだね。ありがとう、リシ!」。EOTHOを利用する時、人々が財務大臣への親しみと感謝を込めて口にするのだ。食事代にかかる消費税も、暫定的に20%から5%に下げた。結果、支払い総額は下がった。これも店と客の双方から歓迎されており、来年まで継続する予定だ。

ロックダウン実施を受け、人けがなくなった英ロンドンの通り=3月27日(UPI=共同)

 ▽感染者が急増

 キャンペーン終了後、客足は一時的に落ちたが、多くのレストランが自前でEOTHOと同じような形式の割引を続けるなど、営業努力を続けている。

 一方、新型コロナウイルスの感染者数は9月以降、再び急増。2度目となる全土の都市封鎖(ロックダウン)の必要性も議論されている。再拡大の要因として、EOTHOによる人出の増加が指摘されている。

 これを受け、英政府も対策を強化し、飲食店を含む全ての店舗が午後10時で閉店となったほか、会食は6人までに制限された。

 ロックダウンは何としても防ぎたい―。そう考えているジョンソン首相としては、やむを得ない決断だったといえる。

 とはいえ、活気を取り戻しつつあった外食産業にとっては、冷や水を浴びせられた格好となった。感染拡大が収まる気配は見られず、英国中が大いに盛り上がるクリスマスまでに、規制が解除になるかどうかは誰にも分からない状態だ。

 EOTHOの実施によって、外食産業は間違いなく復活に向けた一歩を踏み出した。同時に、負の面が顕在化しているのも事実。今後はどのようにバランスを取るのかが課題となりそうだ。

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