軍需工場に「ハリボテ」をあてがう金正恩の懐事情

北朝鮮の経済は4つの軸から成り立っている。人民経済(第1経済)、軍需経済(第2経済)、党経済(第3経済)、そしてインフォーマルセクターにあたる私経済だ。その中で軍需経済が占める割合は決して小さくない。

例えば、北部にある慈江道(チャガンド)は、険しい山に囲まれた地理的特性を生かして軍需経済が中心の地域となっている。江界(カンゲ)トラクター総合工場、江界精密機械総合工場、2・8機械総合工場など、いずれも民生用に偽装された名前を持っていて、一見しただけでは軍需工場かどうかわからない。

慈江道の隣、両江道(リャンガンド)の三池淵(サムジヨン)にある三池淵洗剤工場もその一つだ。白頭山の火山灰を原料にして洗剤を製造するというのが政府の説明だが、地下には化学兵器を製造する工場が隠されているとの証言がある。

当局は、軍需工場の労働者を非常に優遇してきた。他の地方の工場では、1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」の頃に停止した配給だが、軍需工場では維持されてきた。しかし、国際社会の制裁、相次ぐ自然災害、新型コロナウイルスの三重苦で配給の遅配、欠配が伝えられるようになった。

その特性上、国への忠誠心が最も求められる産業に従事する人々だが、もらえるはずのものがもらえないとあっては、忠誠心がゆらぎかねない。当局はそれを恐れたのか、労働者の心をモノで釣る作戦に乗り出した。

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)は、両江道の恵山(ヘサン)の情報筋の話として、今月10日の朝鮮労働党創建75周年を控え、三池淵市の胞胎(ポテ)地区で建設された住宅が、三池淵洗剤工場の労働者にすべて割り当てられたと報じた。

軍需工場だけあり、金正恩党委員長が格別に関心を持ち、昨年、今年と2年連続で多くの技術者や除隊軍人が配属された。しかし、住宅の不足が問題となっていた。

これを受けて当局は昨年11月、胞胎地区に9万人の建設労働者を投入して、党創建75周年の日までに完成させ、三池淵洗剤工場の労働者に割り当てるように指示を下した。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の別の情報筋によると、胞胎地区には有事の際に北部を統括する戦時司令部がある上に、国家農業科学院の分院、総合農場などもあり、軍事や農業の面で非常に重要な地域だ。ちなみに、洗剤工場と同時に建設されたジャガイモの粉工場は、この地域に駐屯する軍部隊に供給するジャガイモの粉を生産する、一種の軍需工場と言える。

当局は「最高尊厳(金正恩氏)のご配慮で住宅を供給する」と宣伝しているが、近隣住民からは鼻で笑われている。

それもそのはず、コロナ対策として貿易が停止されたことで物資不足が深刻化、工事は遅れに遅れて、住宅と言っても、骨組みを組み上げて外壁を作っただけの状態だからだ。

とりあえず外壁だけ作って完成式典を行い、国営メディアで「金正恩氏の成果」などと称賛した上で、引き続き残りの工事を行うのは、北朝鮮お得意の手法だ。

ただ、住宅のある三池淵は極寒の地。1月の平均気温は氷点下19.8度で、11月中旬から3月上旬まで真冬日が続く。2017年12月には氷点下33度、2019年2月には氷点下32度を記録している。

工事も中断するほどの寒さなのだが、暖房も何もない住宅に入居した洗剤工場の労働者は、無事に冬を越せるのか心配になる。

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