殿堂入り二塁手・モーガンが77歳で死去 1975年から2年連続MVP

レッズの強力打線「ビッグ・レッド・マシン」の3番打者として活躍した名二塁手ジョー・モーガンが日本時間10月12日に死去していたことが明らかになった。77歳だった。メジャーリーグでは今年、アメリカ野球殿堂入りしている名選手の死去が相次いでおり、モーガンが6人目。直近5週間では5人目となった。

モーガンは1963年にアストロズでメジャーデビューし、アストロズとレッズを中心にメジャーで22年間プレー。通算2649試合に出場して2517安打、打率.271、268本塁打、1133打点、689盗塁、出塁率.392、OPS.819をマークし、オールスター・ゲーム選出10度、ゴールドグラブ賞5度、シルバースラッガー賞1度など輝かしい実績を残した。

アストロズ時代から選球眼と俊足を兼ね備えた二塁手として活躍していたが、1971年オフの大型トレードでレッズへ移籍すると才能が本格的に開花。1972年に122得点、115四球、出塁率.417の3部門でリーグ1位の数字をマークすると、1975年と1976年はリーグ1位のOPSを記録し、2年連続でMVPに選出された。

モーガンはレッズで8年間(1972~79年)プレーしたが、当時のレッズは黄金期を謳歌しており、8年間で地区優勝が5度、地区2位が3度。1972年、1975年、1976年とワールドシリーズに3度出場し、1975年と1976年に世界一を経験した。現役晩年の1983年にフィリーズでもワールドシリーズに出場したが、このときはオリオールズに敗れている。

レッズ時代の同僚だった名捕手ジョニー・ベンチは「ジョーは球史で最高の二塁手だっただけでなく、私が見てきたなかでベストのプレーヤーであり、私が知っているなかでベストの人物の1人だった」とモーガンを絶賛。モーガンが記録した通算11069打席、678盗塁、1625得点はいずれも二塁手として歴代最高記録となっている。

アスレチックスでプレーした1984年限りで現役を引退し、1990年に有資格初年度で得票率81.8%を獲得して殿堂入り。レッズは1998年にモーガンの背番号「8」を永久欠番とした。

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