菅政権、行き着く先は陰湿な警察国家 学術会議「任命拒否」の衝撃

菅義偉首相=9月16日、首相官邸

 私はこの9月30日まで日本学術会議会員を2期6年務めた。会議の活動に携わってきただけに、今回の菅義偉首相による任命拒否に強い衝撃と憤りを覚えた。(明治大学政治経済学部教授=西川伸一)

 ▽押し通した法律違反

 日本学術会議法をみてみよう。17条は「日本学術会議は(略)優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し(略)内閣総理大臣に推薦するものとする」と規定する。そして7条2項には「会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」とある。

 菅首相は会議が「優れた研究又は業績がある科学者」とみなした6人の研究者の任命を拒否した。彼らはそれに当たらないと判断したということだ。しかし、6人がそれぞれの学問領域で顕著な業績を挙げてきた研究者であることに、だれも異を唱えないだろう。この点だけを取っても、首相の行為は会議法に反している。

日本学術会議会員の任命決定に関わる決裁文書。首相の押印がある

 また、首相は6人を除外する前の推薦者名簿を「見ていない」と明言した。名簿なしにどうやって99人を選べたのか。これでは7条2項を踏まえていなかったことになる。首相は会議法をあえて犯してまで、6人の任命拒否を押し通したのだ。

 ▽排除される「目障りな」存在

 理由はわかりやすい。6人が、首相が「しっかり継承」すると語った安倍晋三前政権の政策に異を唱えた目立つ存在だったからだ。その結果、首相によって憲法19条が保障する「思想及び良心の自由」が踏みにじられた。だからこそ、首相は本当の理由は明らかにできず、「総合的・俯瞰(ふかん)的」などというおよそ具体性のない空疎で美しい言葉で言い繕うほかなかった。

 首相の蛮行が、憲法23条がうたう「学問の自由」を侵害したことは論をまたない。会議法2条によれば「日本学術会議は、わが国の科学者の内外に対する代表機関」であり、同3条は「日本学術会議は、独立して左の職務を行う。」と定めている。学問の自由の下、研究に従事する全国の研究者の代表機関の意思を無視して、その独立に干渉した。

取材に応じる梶田隆章会長(左端)=10月2日、東京都内

 内閣法制局しかり、最高裁しかり、検察庁しかり。政権の思惑と合致せず「目障り」と映る存在には人事に介入して、その独立性をはぎ取ることが安倍政権で繰り返されてきた。それが菅政権でも「継承」された。

 とはいえ、権力は本質的に暴走する。だからこそそれを抑えるためのしくみが幾重にも張り巡らされてきた。いわば「取扱注意」のシールが権力には何枚も貼られてきたのだ。そうしたシールが「前例踏襲打破」という勇ましいかけ声の下、一枚また一枚と今後もはがされてしまうのではと懸念する。

 ▽すり替え

 河野太郎・行政改革担当相は日本学術会議を行政改革の対象とすることを表明した。会議の年間約10億円の予算をめぐって「適切な金額かどうか」を注視していくのだという。

東京都内で開かれた日本学術会議の幹事会=10月3日

 今回の問題のアルファでありオメガは、任命拒否について任命権者たる首相が説明責任を果たしていないことである。この核心を覆い隠すかのように、会議の行革が政策課題とされる。これには強い違和感を禁じ得ない。

 10億円と聞くと巨額と受け止められる。だが、2021年度予算編成に向けた各省庁の概算要求の総額は約105兆円である。防衛省は最新鋭ステルス戦闘機F35の6機の取得費用666億円を盛り込んでいる。

 ▽学術会議を取り巻く厳しい現実

 一方で、私は10月に開かれる日本学術会議の総会などで、毎年のように予算のひっ迫について説明を受けてきた。各分科会の活動が活発なのは好ましいが、このまま予定どおりの活動が行われるとまもなく予算が底をつき、日当や旅費が支払えなくなるというのだ。事実、私は旅費の欄に「辞退」と書かれた書類に押印したことが幾度もある。

 一番驚いたのは、昨年10月の総会である。それまでの総会では受付時にミネラルウオーターのペットボトルがもらえた。ところが、昨年10月の総会ではそれがなかったのである。ここまで節約しなければやりくりできないのかとあぜんとした。

 日本学術会議はかつかつの予算で運営されているというのが実感である。

 ▽浮かび上がる菅政権の本質

 菅首相の表情が最近、「令和おじさん」の頃とは違って陰湿にみえて仕方がない。むしろこちらが本性ということだろうか。

杉田和博官房副長官

 安倍政権を実質的に支えたのは菅官房長官と杉田和博官房副長官(事務)だった。事務副長官は「影の総理」とさえ評される官僚の最高峰ポストである。警察官僚出身の杉田氏は79歳にして菅政権でも再任された。

 彼による警察官僚の発想そのままのやり方も、「サラブレッド」の安倍首相を介することで陰湿さを薄めることができた。その安倍首相が去り、「たたき上げ」の菅氏が表舞台に登場した。菅氏と杉田氏の組み合わせは、悪代官と越後屋のようだ。

 任命拒否問題の「張本人」が杉田氏であることはほぼ間違いない。この時代劇コンビの悪だくみこそ菅政権の本質といえよう。「お主も悪よのお」などと言い合いながら、目障りな存在を次々に葬り去っていく。慣例を無視し、法律を骨抜きにし、さらには憲法までも意に介さない。行き着く先は陰湿な警察国家だろうか。

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