世界のポピュリストが日本をうらやむ理由 閉鎖性、内向き志向で最先端

トランプ米大統領=10月19日(AP=共同)

 世界各地のポピュリズム政治家の言動が、国内でもたびたび報じられる。まず思い浮かぶのはトランプ米大統領だ。2016年大統領選での発言は「鮮烈」だった。「大統領になったら、メキシコとの国境に壁を築く」と言い放ち、「万里の長城」をほうふつとさせるイメージを提示した。「南からの移民は犯罪予備軍だ」とも叫んだ。ローマ教皇をはじめ各所から反発の声が上がった一方、選挙民へのアピール効果は抜群だった。

 国民の不満を見抜き、彼らの反移民感情をあおる同氏の言動は、典型的なポピュリストの手法だ。しかし、ポピュリズム系政党が多く存在する欧州が今注目するのはトランプ氏ではなく、日本だという。どういうことか。(文明論考家、元駐バチカン大使=上野景文)

 ▽はびこるポピュリズム政治家

 ポピュリズムはしばしば「大衆迎合主義」と訳される。

 自由主義や共産主義、イスラムなどと違い、体系性をもった理念、自律性のある思想ではない、というのが多くの政治学者が語るところである。「政治現象」としては存在しても、それ自体を定義づける思想はないのだ。

ハンガリー南部セゲド近郊の村で、セルビアから国境を越えたシリア人ら=2015年8月(ゲッティ=共同)

 ポピュリズム政治の「先輩格」、欧州では冷戦終結後、グローバリズム(EU)が強化される中で、格差や失業者の増加といったゆがみが蓄積。さらに移民・難民の流入増が続き、人々の不満・反発が高まった。

 既存政治家の多くがそれら問題にうまく対応できず、その隙を突くようにポピュリズム政治家が台頭し、政党の浮沈、政治構造の流動化が進んだとされる。

 ポピュリズムは今、欧州の過半の国で政権ないし有力野党を通じ影響力を強めている。こうした欧州のポピュリズムの歴史に照らせば、トランプ氏は「新参者」に過ぎない。同氏の発言は、フランス国民連合のルペン党首に倣ったものが散見される。

フランスの国民連合(RN)のルペン党首=2019年5月(ロイター=共同)

 ▽ポピュリストの主張

 欧州におけるポピュリズム系政党の主張を網羅すると、以下のようになる。ところが、先に述べたとおり、個々の政党の主張はばらばらで、全体をくくる「ロゴ」は存在しない。「反〇〇」を軸にアピールする傾向がある点は、注目に値する。

 (1)基本姿勢:反リベラル  

  ①反移民・難民、反イスラム、反マイノリティー

  ②反グローバリズム、反市場主義

  ③反財政均衡、ばら撒き志向

  ④反エリート、反既存政治

  ⑤反EU、反国際機関、反環境重視

 (2)文化、宗教:伝統主義

  ⑥固有の文化的アイデンティティーへのこだわり

  ⑦家族、国家(国威発揚志向)、宗教を重視

  ⑧宗教的には保守的(反世俗主義、反LGBT)

 (3)政治手法:反民主主義的

  ⑨政治プロセス軽視(手続きを軽視し、短絡的に結論に飛びつく)

  ⑩「国民」を代弁できるのは、自分たちであり、反対者は「反国民」と決めつける(少数意見の軽視)

 これらの多くはトランプ氏にも当てはまる。欧州の各種選挙を振り返ると、ポピュリズム政治家への支持率はこの40年間着実に高まって来ており、現在では、25ー30%の欧州人がかれらに投票している。

 ▽注目される日本

 日本には、欧州型の強烈なポピュリズム政治家は見当たらない。

 ではなぜ欧州のポピュリストたちが注目するのか。

警察官が警備する中、移民政策反対を掲げてデモ行進するグループ=2018年10月、東京・新橋

 それは、日本が、欧州のポピュリストたちが実現したいと望む重要課題の多くを実現してしまっていることに尽きる。

 移民や難民の受け入れには、欧州諸国以上に制限的で、市場主義やグローバリズムの実現にも慎重だ。「反財政均衡」では欧州の先を行く。

 要するに、競争が微温的、抑制的で、失業率が低く(「ゆでガエル経済」とも言われる)、外国人の受け入れに消極的な日本は、欧州のポピュリズム政治家から見ると「鑑(かがみ)」のように映るのだ。

 ルペン氏は、日本の国籍法をモデルにフランスの国籍法を改定すべきだと早くから主張している。

 ▽孤立する日本

 「国をもっと閉じろ」と言う欧州ポピュリズム政治家の主張は、欧州諸国が「開かれている」ことが前提だ。

 この点、日本は、欧州に比べ閉鎖的で、「国をもっと閉じろ」というポピュリズム的要求は意味をなさない。欧州型のポピュリズム政治家が生まれにくいのは、日本の内向き志向が影響している。

改正入管難民法が賛成多数で可決、成立した参院本会議=2018年12月

 だからと言って、日本はポピュリズムとは無縁だと見なすのは誤りだ。

 筆者は半年前、リベラル派で知られる自民党のさる政治家の勉強会に参加した。彼に「日本でもポピュリズム政治家は増えると思うか」と問うたところ、「否」との答えが返ってきた。しかし事情はそう単純ではない。

 社会全般にわたり「ポピュリズム的土壌」(意識や文化)は濃厚だからだ。先に述べたとおり、「敗者を生まない構造」が温存され、岩盤規制が残り、外国人受け入れに制限的であることが、それを物語る。

 自覚され、外形化されたポピュリズムはないというに過ぎない。「ポピュリズムなきポピュリズム大国」とも言えるのだ。

東京出入国在留管理局前で、抗議の声を上げる人たち=2019年12月、東京都港区

 日本の内向き志向は、欧州のポピュリズム政治家から羨望(せんぼう)のまなざしを向けられる一方、時に「難民鎖国」とまで称されるほど消極的な難民受け入れ政策などは、リベラル派や海外メディアから繰り返し批判されてきた。

 少子高齢化が続く日本が、今後も内向き志向を続け、孤立を貫くことができるかは疑問だ。このとき、欧州で起きたような過度なポピュリズムに走らないよう注意することが肝要だ。

 安倍前政権は、内向き「土壌」の改革を試みたものの、途中で失速した。菅政権には、内向き志向からの脱却を期待したい。

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