小栗旬と星野源の社会派サスペンスに戦慄!『罪の声』が描く“生き残ってしまった”男の苦悩

『罪の声』©2020 映画「罪の声」製作委員会

物語のモチーフは“あの有名な”未解決事件!

『罪の声』は、35年前の未解決事件をモチーフに描かれた、塩田武士の同名ベストセラー・ミステリーの映画化だ。日本を震撼させたこの劇場型犯罪は、塩田によって“ギンガ萬堂(ギン萬)事件”として小説になった。細かく書き込まれたディテールがもたらす、その場にいるかのような臨場感。点在するそれらディテールが、やがて事件の真相へと集約されていく。どうつながっていくのか想像できない“点”だったものが“像”を結ぶ。それは興奮させられる小説なのだが、だからこそ映画化は難しいと思った。要素が多すぎるのだ。

だが映画は、小説と限りなく近くありながら、胸に迫る別ものとして完成した。私はそれを“サバイバーズ・ギルト”の物語だと感じた。

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『罪の声』©2020 映画「罪の声」製作委員会

主人公は、未解決事件特集のために35年前に起きたギン萬事件を追う新聞記者の阿久津(小栗旬)と、事件の鍵を握るテーラーの曽根(星野源)。接点のない2人が出会い、真相に迫っていく。

『罪の声』©2020 映画「罪の声」製作委員会

ギン萬事件では、身代金受け渡しの指示に子どもの声が使われた。録音テープに残された子どもの声は3人。親が始めたテーラーを継ぎ、妻と幼い娘、実母とともに穏やかに暮らしていた曽根は、その1人が自分だと気づく。記憶にはないが、事件に加担していた。少ない手がかりをもとに真相を調べながら、自分以外の2人の子どもの現在に思いをはせる。

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曽根と同世代の阿久津は、今は文化部で映画やテレビの記事を書いている元社会部の記者だ。過去の凄惨な事件で、他紙を出し抜く術を考えながら取材する自分に嫌気がさし、文化部への異動を申し出た。

『罪の声』©2020 映画「罪の声」製作委員会

子どもという“未来”に対する大人の責任、そして“生きる”という切なる願い

映画『罪の声』と小説との大きな違いは、“仕事”の描き方だと思う。原作者・塩田武士は、元新聞記者。記者の取材作法に詳しい。故に小説では、レコーダーを回すことの許可、録音禁止時の筆記の仕方、必ず経歴を聞くこと、裏を取ることなどメインストーリーとは異なる、あまり情緒的ではない取材作法のエピソードを積み重ねることで新聞記者である阿久津という人物を描く。曽根のほうも同様で、小説ではテーラーの作業へのこだわりや親の時代からの変化などが随所に描かれる。

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『罪の声』©2020 映画「罪の声」製作委員会

小説「罪の声」(講談社文庫刊)の面白さの一つはそこにある。プロである2人は、たたき上げの“職人”として仕事を全うしようとする。それ故に葛藤がある。その葛藤は、人生の多くの時間を仕事が占め、生き方や生活水準にも影響を及ぼす大人にとって、自分事でもある。それを別な仕事で疑似体験できるこの小説は、今の自分を客観視させてくれるツールともなる。小説だからこそ味わえる面白い現象だ。

映画は、そこをもう少し情緒的に描く。先述したように、小説の面白さをそのまま表現したら、物語は寄港地の多い船のように漂うことになるだろう。また映画の上映時間、本作であれば2時間22分に収まるとも到底思えない。

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『罪の声』©2020 映画「罪の声」製作委員会

脚本を手掛けたのは、「逃げるは恥だが役に立つ」(2016年)、「アンナチュラル」(2018年)、「MIU404」(2020年)の野木亜紀子。野木は映画化に際して、仕事の描写を細かく重ねていくやり方を、たぶん断念したのだろう。例えば、先の“文化部へ異動を願い出た理由”に、社会部記者という存在や阿久津の人間性を集約させたように。そしてサスペンスという太い柱を際立たせながらも、「罪の声」の面白さを残すために大切な要素を2つ選び出し、そこに様々な要素を集約させたのではないか。選んだのは、子どもという“未来”に対する大人の責任、そして“生きる”という切なる願いの2つ。

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録音テープに声を吹き込んだ自分以外の子どもを気遣う曽根は、小さな幸せを手に入れ、何も知らずに生きてきたことに罪の意識を抱いている。生き残ってしまったことに罪の意識を抱いている人、サバイバーズ・ギルトと同じだ。そんな曽根に、阿久津は「曽根さんの今は、曽根さんが掴んだもの。当たり前にあるべきものが奪われただけ。罪の意識を抱くべきはあなたではない」と、はっきり言葉にし、彼が背負った荷物を降ろそうとする。これも映画だけのエピソードだ。土井裕泰監督(『いま、会いにゆきます』(2004年))の演出が活きる。

『罪の声』©2020 映画「罪の声」製作委員会

骨太な社会派サスペンスであり、“サバイバーズ・ギルト”の心理を描いたヒューマンドラマでもある

ふと野木亜紀子がオリジナル脚本を手掛けた連続ドラマ「アンナチュラル」を思い出した。不自然死究明研究所(通称UDIラボ)で働く法医解剖医たちの物語。法医解剖医の主人公ミコト(石原さとみ)らの活躍によって、毎回様々な不自然死の謎が鮮やかに解明されていく。

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それと並行して、恋人を殺害された法医解剖医・中堂(井浦新)の物語が描かれる。中堂は、粗野で胡乱な人物。それゆえ、まだ捕まっていない犯人を疑われるが、ミコトは彼の胡乱さを、復讐を考えているためだと考える。また、彼の復讐心を後押しするのは“生き残ってしまった”という負い目であると推測し、最悪の事態を回避するべく動く。ミコトもまたサバイバーズ・ギルトだった。

もちろん偶然ではある。でも野木亜紀子が“救おう”としているものは、なんなのだろう。そう考えてしまった。なぜなら、今の日本を覆うこの空気もまた、サバイバーズ・ギルトに近いものであるように思うから。そして、そんな気分に巻き取られてしまったときこそ、はっきりとそれを否定する言葉が必要なのだろう。『罪の声』は社会派サスペンスであるとともに、荒んでしまった魂を優しく肯定するヒューマンドラマでもある。

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『罪の声』©2020 映画「罪の声」製作委員会

文:関口裕子

『罪の声』は2020年10月30日(金)より公開

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