山﨑武司のドラフト思い出話「ドラゴンズに指名されてガックリきた」⁉

プロ野球解説者の山﨑武司氏が、自身のドラフト会議ときの思い出を語った(10月29日16時13分頃~)。山﨑氏は、1986年(昭和61年)のドラフト会議でドラゴンズから2位指名を受けたが、そのときの気持ちは「ガックリきた」という意外なものだった。「自分はジャイアンツに行くものだと思っていた」と言うのだ。

当時、愛工大名電の3年生だった山﨑氏は、ジャイアンツのスカウトから「必ず指名するから」と言われていたのだ。そのスカウトから「巨人は阿波野(現中日コーチ)を1位指名して、抽選で外れた場合(山﨑氏を)指名しようと思っている」と聞かされていたというのだ。

山﨑氏は、ジャイアンツに指名されると思い込んで、ドラフトの経緯を見守っていた。予定通り巨人は阿波野を1位で指名し抽選で敗れた。ここで山崎氏は「はずれ1位で(自分が)ジャイアンツだ」と確信したところで、ジャイアンツは「木田」を指名したのだ。「えっ!木田?誰?それ?」と、何が起きたのかわかならない状態になったという。

そのあと、ドラゴンズから2位指名を受けたが、実は、ジャイアンツに行くつもりになっていた山﨑氏は、ドラフト前にドラゴンズのスカウトに「僕はドラゴンズには行きません」と断言していたそうだ。それに、ドラゴンズが1位指名した近藤真市(投手・享栄高校)とはライバルで「プロに入って近藤と対戦して必ず打ってやる」という気持ちが強かった。それで「何で近藤と一緒のチームに入らなきゃいけないんだ」と思ったという。

「ガックリきた」山﨑氏は、ずいぶんと悩んだというが「いずれプロの世界に入るつもりなら、ドラゴンズに行ってもいいんじゃないか」という周囲のアドバイスに従って、入団を決めた。そして、そのとき「絶対にジャイアンツには負けるもんか」と心に誓ったという。

また、契約を決めたときの心境について、山﨑氏はこんな話も。「契約金がいくらとか言われるとねえ。それだけの評価をしてくれるわけだから、行っちゃうのかなあ」さらに、ドラフトのあと、挨拶に訪れたスカウトに食事をごちそうしてもらい「(こんな美味しい肉や寿司が)プロに入ったら毎日食べられるんだぞ」と言われたときに「グラグラグラッ!」と来たそうだ。そして「自分より上の人たちの中には、食べ物につられた人がたくさんいる」と明かしていた。

源石和輝!抽斗!

放送局:東海ラジオ

放送日時:毎週月曜~金曜 15時00分~19時00分

この番組をラジコで聴く

※放送情報は変更となる場合があります。

© 株式会社radiko