【大学野球】「勝つまでの距離は、まだまだ遠いよ」 56連敗で卒業、東大主将が後輩に残した言葉

東大は1日、明大に1-4で敗れ0勝1分9敗の最下位で今季を終了した【写真:荒川祐史】

17年秋以来の勝利は持ち越し、“勝利を知らない世代”が新チームを担う

東京六大学秋季リーグ戦は1日、東大が明大に1-4で敗れ、0勝1分9敗の最下位で今季を終了。17年秋から続く連敗は「56」に伸び、最後の勝利を知る4年生は卒業し、1勝の夢はまだ勝利を知らない3年生以下の後輩に託すことになった。

秋の神宮の空に上がった打球が、センターのグラブに収まる。その瞬間、東大の56連敗が決まった。最後の打者になったのは主将の笠原健吾二塁手(4年)。4年間の戦いを終えてなお、背番号10は淡々とした表情だった。

その理由を問われると「あまり感情を出してもな、と。最後まで応援してくださったファンの方にいますし、応援団への挨拶も残っていたので。最後までチームの代表としてあるべき姿はどういうことかと考えた時、そうなったんだと思います」と冷静に語った。

泣いても笑っても最後となる試合。3回2死一塁から遊撃手と左翼手の連係ミスでフライを落球(記録は二塁打)で失点し、この回に2失点。完全試合ペースで抑えられていた7回に3番・石元悠一三塁手(4年)が右翼席へ一発を放った。

意地を見せた最上級生は「ここから逆転するぞという気持ち」でダイヤモンドを一周しながら味方ベンチにガッツポーズを繰り出し、1点差に迫ったが、最後は2年生右腕・井澤駿介の4失点完投もむなしく、力尽きた。

なんとしても掴みたかった1勝。しかし、届かなかったことが現実だった。17年秋、絶対エース・宮台康平(現日本ハム)を擁して法大戦で連勝。15年ぶりの勝ち点奪取を果たし、歓喜の後に始まった連敗は2つの引き分けを挟み、「56」に。

新型コロナウイルスによる活動休止が他校より長かった今年。春のリーグ戦の慶大戦は8回までリードしながら9回に逆転負け。秋の立大1回戦は土壇場の9回に追いついて1-1で引き分け。接戦も多く、あと一歩の試合は少なくなかった。

しかし、笠原主将はまた、冷静に語る。

「なかなかやりたいことはやれなかった印象が強くて、春の慶應戦とか秋の立教戦は端から見れば勝利まであと一歩に見えますが、グラウンドで守っていたり、攻撃していたりすると勝つまでまだまだ距離あるなと思っていました。

それは去年の最終戦の法政2回戦で逆転負けした時も3年生として同じことを思っていたので。今年もやっぱり、そこまでしか辿り着けなかったというのは取り組みが足りなかったのかなと」

7回にライトへの本塁打を放った東大・石元悠一【写真:荒川祐史】

笠原主将が後輩たちに残した「勝つまでの距離は、まだまだ遠いよ」の真意

求めていたのは「惜しかった」「あと一歩だった」という慰めではなく「勝利」という結果だけ。笠原は1年秋の法大戦2連勝はベンチで体験。「苦しかった時もその記憶があったから、勝利を目指してやってこられた」。東大にとって特別な意味を持つ、それを本気で追いかけてきた。

だからこそ、“接戦どまり”で終わってしまった現実も真正面から受け止めた。

元中日で今年から指揮を執る井手峻監督は「力不足。他が強いのでなかなか勝てないですけど」と1年間を総括。競った試合についても「そこまでしかできない。そこを乗り越えるのが……もう一つですね」と、まだ壁があることを認めた。

これで3年生以下の“勝利を知らない世代”が残り、新チームを担うことになる。笠原主将は「もう僕たちには何もできないので。後輩たちが今年の15試合から何かを感じてくれて、これからの東大野球部が勝ってくれれば」と願いを託した。

その上で、残された後輩たちへのメッセージを問われると「勝つまでの距離は、まだまだ遠いよ」と言った。

「勝ちまであと一歩になった時、意識しすぎて体が固まってしまうことがありました。春の慶應戦も、社会人対抗の(NTT東日本戦の)最終回もそう。こっちから勝てるチャンスを手放してしまったのが今年のチーム。

僕たちも練習から神宮の雰囲気をイメージして練習していますが、それでもまだ足りないということだと思います。今まで以上に目の前の1球、アウト1つ、得点1つをやっていかないといけないよ、ということは伝えたいです」

その言葉は決して突き放すものではなく、難しさを当事者として感じたからこその温かさがあった。

指揮官は壁を打破する課題について「きっちりとした守備を強化して、勝負所でなんとかいいバッティングができると……非常に難しいですけど」としながら、チームの完成度は「投手を中心とした守備は7割くらい。もう少し行くと勝てると思う」と来年の伸びしろを期待した。

笠原は東大が東京六大学で戦う意味について、最終カードを前にこう言っていた。

「普通に生きていて、これだけ力差がある相手に挑む機会はなかなかないんじゃないかと、僕は思っています。その分、なかなか勝つことができないし、これだけ努力してもまだ届かないのかと、絶望感を味わうことも多い。でも、力差がある相手も本気で勝負をしてくれるんです。それで勝つチャンスをなんとか見い出そうとできるのは、東大野球部じゃなければ、日本のどこを探してもないと思っています。

どれだけ力差があっても頑張る姿勢は僕たちしか見せられないものですし、文武両道の可能性を示せるのは僕たちしかいない。東京六大学という大学野球で一番高いレベルのリーグで、そこで僕たちが勝つことができれば、日本の部活だったり、野球だったり、そういうものに対する新しい価値観も生まれてくるんじゃないか。だからこそ、東大が戦い続ける意味があると、僕は思っています」

近くて遠かった「勝利」という夢を後輩たちに託し、東大野球部の4年生は神宮に別れを告げた。(神原英彰 / Hideaki Kanbara)

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