【大学野球】兄はDeNA外野手、好敵手は広島3位…「取り残された感満載」でも2年後に見据える夢

東北福祉大・楠本晃希【写真:高橋昌江】

東北福祉大の楠本晃希内野手は進路選択に悩み社会人に進む決断

新型コロナウイルス感染症が猛威を振るった今年。進路選択に頭を悩ませる選手は少なくない。東北福祉大の楠本晃希内野手(4年、花咲徳栄)もそのひとり。できればプロ志望届を提出して挑戦の意思を示したかったが、「春にアピールができていない」と社会人野球に進むことを決めた。「自分はもっとレベルアップしないといけない」。兄や友人が待つ世界を目指し、前を向く。その出発点とも言える1戦だった。

「みんなにはストレートで押しているのに、僕だけスプリットを多投してきて、それはちょっとちゃうなと思いましたよ(笑)。でも、僕がヒットを1本打って、三振は2つ取られましたけど、勝負は楽しかったですね。こっちは『絶対に打ってやる』って思っていて、向こうも『抑えてやる』ってきていたので、本当に楽しい勝負ができたんじゃないかなと思っています」

10月31日、楠本はそう声を弾ませた。東北福祉大学野球場で行われた「東北地区大学野球王座決定戦」の八戸学院大戦後。相手の2番手として5回から登板した大道温貴(4年、春日部共栄)とは高校時代に対戦があった。4年の年月を経て、大学で初めて対峙。18.44メートルの両者の間には、球場の空気を変える雰囲気が漂った。

待ちに待った瞬間だった。花咲徳栄出身の楠本と春日部共栄出身の大道は、高校2年秋と3年夏に戦っている。それぞれ東北地方の大学に進み、大会やオープン戦で顔を合わせることはあったが、互いの出場するタイミングが合わず、対戦は1度もなかった。それだけに楠本は「相手が八戸学院大に決まった瞬間、『やったろ!』って思いました」と楽しみにしていた。

こんな経緯もあった。10月26日のドラフト会議で大道は広島から3位で、東北福祉大の山野太一(4年、高川学園)はヤクルトから2位で指名された。翌日、山野が指名挨拶を受けた際、東北福祉大・大塚光二監督はこの試合に山野を先発させると公言。東北福祉大としては大道の先発を期待していたが、八戸学院大はソフトバンク育成2位の中道佑哉(4年、野辺地西)を先発させた。楠本は「えぇ!? って思いましたよ」と拍子抜けした。

5回、大道がマウンドに向かった。ヤクルト4位指名の元山飛優(4年、佐久長聖)は遊直に抑えられ、4番・小椋元太(3年、一関学院)は空振り三振を奪われた。2死で楠本は大道との対戦を迎えた。4年越しに向き合った両者。「楠本を抑えたことがなかったので、気合いが入りました」と大道。左打席の楠本は1ボールからの2球目、内角低めの145キロ直球をとらえた。打球はライト線で弾んだ。「切れなくてよかった。1打席目で打てたので、やったーと思いました」と楠本。二塁打を打たれた大道は「あいつらしいな、やっぱりすごいなって思いました」と認めた。

高校3年の時は埼玉大会準決勝で当たり、花咲徳栄が5-0で春日部共栄を下して決勝に進出。甲子園出場も果たした。敗れた春日部共栄は大道が先発完投。5番を打っていた楠本は1打席目で四球、2打席目で左前先制適時打、3打席目に中安、4打席目に右越え適時打二塁打と完璧に打ち込んだ。大道が「高校の時、最後は楠本にやられたんですよ。楠本に打たれて負けたんです」と話してくれたのはドラフト前。そして、こう続けた。

「高校の時もスライダーを投げていたんですけど、膨らんでいて。僕はスライダーと思って投げていたんですけど、多分、カーブでした(笑)。楠本に言われたんです。『高校の時、ストレートとカーブしかなかったよね』って。スライダーのサインにスライダーを投げていたんですけど、そう思われていたんだなって知りました」

東北福祉大・楠本晃希【写真:高橋昌江】

広島3位の八戸学院大・大道との対戦、プロに行く実力を痛感

それでも、気に留めていなかった大道だが、プロを見据えた時に曲がりの鋭いスライダーの必要性を感じた。今年に入って、スライダーのリリースを練習。担当の広島・近藤芳久スカウトが「消えるスライダー」と表現するボールに変化を遂げた。スライダーでの空振りが増え、今秋のリーグ戦では36回で60奪三振、奪三振率15.00。3年春の9.23、同秋の10.43からグンと向上させた。最速150キロが注目されがちだが、東北地方の担当スカウトたちが評価していたポイントはマウンド度胸に加え、「変化球の精度が高い」という点だった。

楠本は二塁打を放ったが、以降、東北福祉大打線は空振り三振を連発した。140キロ中盤のストレートにもバットが当たらない。

2人の2度目の対決は8回。カウント1-1から137キロのスプリットに空振りした後、内角に直球がズドン。大道は「まさか三振を取れるとは」と自分で驚いた。

「インズバ、147キロを決められて…。僕の時が一番、よかったかもしれないです。みんなの打席を見ていて、そうでもなかったんですけど、僕の時だけピタピタに決められました」

その裏、八戸学院大に追いつかれ、延長へ。東北福祉大は無死一、二塁からはじまるタイブレークの延長10回2死二、三塁で4番・小椋が中越え2点適時三塁打を放ち、勝ち越した。ボルテージが上がる中、打席に向かったのが楠本だった。「僕はスライダーを張っていました。ここでストレートは絶対に来ないだろうと思ったので」。ところが、大道が投じたのは144キロの直球。見逃した。2、3球目もボールとなったが、直球が続いた。4球目の134キロのスプリットに空振り。144キロ直球がボールとなり、フルカウントで大道は捕手のサインに首を振った。そして投じた、この日の90球目。楠本のバットは空を切った。試合後、大道が打ち明けた。

「最後、サインはインコースのストレートだったんですよ。そこで首を振れたのが大学での成長。最後はスプリットですね。高校の時だったらストレートを投げて打たれていたと思います」

楠本が待っていたのは直球だった。「最後はストレートとフォークだけの配球で…」と、参りましたと言わんばかり。学生野球で力を伸ばしたことを実感した。

「すごいですよ。高校の時、県では有名でしたけど、甲子園には僕らが行った。八戸学院大に行って、全国大会でも投げて、侍ジャパン大学代表の候補合宿にも呼ばれて、すごい存在になりましたよね。僕は高校時代にボールを見ているので、すごさを分かっている。ドラフトも早く消えるだろうなと思っていました」

兄はDeNA楠本…「取り残されている感が満載なんですよね」

大道が広島から指名されると、「あ!」と高校時代の同級生の顔が浮かんだ。花咲徳栄からドラフト2位で広島に入団した高橋昂也。大道はドラフト当日、「高校最後に負けた相手。一緒のチームになるのは運命なのかなと思います」と話している。楠本は「2人で投げてほしいんですよね。頑張ってほしいなって思っています」とエール。だが、手放しではない。

「僕も2年後、行きたいですよ」

楠本は大学卒業後、社会人野球の強豪チームに進むことが決まっている。だが、進路には気持ちが揺れ動いたという。新型コロナの影響で活動自粛が長引き、大会は次々と消滅。プロ志望届を提出したい思いはあったが、「春にアピールができていない」と引っかかった。昨年の大学選手権初戦で、東北福祉大は創価大に1-0で勝っているのだが、その1点は楠本のソロ本塁打だった。その頃から声をかけてくれるチームがあった。社会人チームに返事をするか、プロ志望届を出すか――。「春がなかった」ということが人生の選択のターニングポイントとなり、「自分はもっとレベルアップしないといけない」と社会人野球で力をつける決断をした。

学生野球最後の大会でドラフト指名された2投手と対戦。大学のチームメイトである元山、山野もヤクルトから指名され、昨年は津森宥紀がソフトバンク入りした。高校のチームメートもトミー・ジョン手術からの復活ロードを歩む。そして、兄・泰史はDeNAの外野手。その兄の小、中学生時代のチームメイトは楽天・松井裕樹…。

「本当に身近な人がプロに行き過ぎっすよ。取り残されている感が満載なんですよね。でも、大学で野球を辞めたら先がないですけど、続けるので。恥じないような活躍をして、僕もプロに行きたいです」

今年のドラフトでは大学の2学年先輩も夢の扉を開いた。三菱自動車岡崎から阪神6位指名された中野拓夢だ。それが励みになるという。大卒の社会人選手のドラフト解禁は2年目。新型コロナの状況にもよるが、今年できなかったアピールを続ける時間は、充分にある。(高橋昌江 / Masae Takahashi)

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