47歳ビーチバレー第一人者が五輪へ挑む 西村晃一、亡き父と病弱な母との約束を果たすため

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東京五輪代表を目指し、トレーニングに励む西村(9月、東京都・宮下公園サンドコート)=ITEC WINDS提供

 47歳にして今もプロとして第一線で活動しているビーチバレーボールの西村晃一(東京ヴェルディWINDS、花園高―立命大出)が、選手生命を懸けて東京五輪出場に挑む。病弱な母の願いを力に、亡き父との約束を果たすため「東京を集大成と決めた。五輪で活躍する姿を2人に見せたい」と砂のコートに立ち続けている。

 退路を断ったのは2012年ロンドン五輪を逃した翌年だった。自国開催が決定し、「これが最後。その先はないと自分の中でルールを作った」と東京五輪で引退しようと決めた。ペアを組む柴田大助(東京ヴェルディWINDS)と国内外のツアーで勝利を重ね、5月にはポイントランキング上位で争う日本代表決定戦に臨むはずだった。

 しかし、新型コロナウイルスの影響で同決定戦と五輪は延期に。「海外を転戦し、ピークを合わせていただけにショックだった」と話す。一方、「バレーボールの神様が『もう1年やりなさい』と言ってくれたのかな。競技人生が延びたと思うとうれしくなった」と切り替えた。

 48歳で来夏を迎えるが「肉体的に問題ない」と言い切る。気掛かりなのは開催の可否だ。「コロナ禍で五輪があるのかないのか。そこに左右されているメンタルがまだ自分の中にある」と明かす。

 それでも両親への思いがベテランを突き動かす。亡くなった父と交わした「五輪出場」の約束はまだ達成できていない。重い病気を患っても「来年の五輪を見るまで死ねない」と応援してくれる母の思いも原動力となっている。

 五輪に向け、冬季が勝負と位置付け、スピードやジャンプ力を磨くために筋力強化や砂上でのトレーニングを欠かさない。「長くプレーすることでこれだけのものを得たということを世の中に発信できるか。勝負に勝って証明しないといけない」。第一人者は使命感に燃えている。

 にしむら・こういち  1973年生まれ、京都市出身。山科中、花園高時代にインドアバレーボールで全国制覇を達成。VリーグのNECや日本代表でリベロとして活躍した。2002年にペアで対戦するビーチへ転向。自身でプロチームを立ち上げ、東京都内で専用コートを運営するなど普及活動にも力を入れている。

西村晃一氏