浦賀奉行所の絵図見つかる 「貴重な史料」横須賀で展示

新たに見つかった浦賀奉行所の絵図。上部の白い部分に通訳の部屋、左側の白い部分が土間物置=浦賀コミュニティセンター分館

 幕末期における海防の最前線となり、今年開設300周年を迎えた浦賀奉行所(神奈川県横須賀市)の絵図2点がこのほど、見つかった。通訳部屋が初めて置かれた当時の絵図も含まれ、調査した市中央図書館郷土資料室は同奉行所の変遷が分かる貴重な史料としている。絵図は30日まで、同市浦賀7丁目の浦賀コミュニティセンター分館(郷土資料館)で展示している。

 絵図は2枚とも奉行所の配置を示した平面図(約80センチ四方)。1枚には奉行所大工棟梁(とうりょう)見習だった川島平吉氏の署名があった。北側の離れには通訳の部屋を設け、それまで西側の離れにあった侍小屋は土間物置に改築されている。

 これまでオランダ、中国の通訳が暮らす部屋が描かれた1847年当時の絵図はあった。その前のオランダ通訳だけの時の絵図はなかったため、通っていたという説もあったが、今回の絵図で通訳が1人のときも常駐していたことが裏付けられたとしている。

 もう1枚の絵図には通訳の部屋がなく、和紙を重ねて増築しようとするものだった。同奉行所は1842年に奉行が2人から1人に減ったが、2年後には再び2人体制に戻った。同資料室の谷合伸介主任は「1人体制になった時、住み込もうと増築を計画した“幻の図面”ではないか」と推測する。

 これらの史料は、同市佐野の旧家である永島家から借用した約2500点の中にあった。ほかに平根山台場(千代ケ崎砲台の前身)の絵図など幕末期の絵図17点が今夏までに初めて確認された。

 谷合主任は「それぞれの時代の役割に応じて変化していった奉行所の姿を知ってもらえれば」と話している。

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